Tuesday, October 30, 2007
ハロウィーンの前日
週末で見た映画は、「夜の30日」という映画です。特に良い映画ではないと思うけど、すごく面白かったです。でも、今日の話は違うホラー映画について話したいのです。
ホラー映画が好む者ではないですが、面白くて気に入るなら仕方ないですね。それで、一番好きなホラー映画は日本の「うずまき」という映画です。伊藤潤二(いとうじゅんじ)が書いたホラー漫画の改作で、2000年に作った映画です。なぜそんなに好きなんかと聞かれたら、すごく日本的なホラー空想だからです。
つまり、アメリカのホラー映画は一般的にどっきりと驚愕させる事が多いですね。それに、敵方は常々何らかの化け物です。例えば、「夜の30日」の敵方はヴァンパイアで、またはゾンビとかミュータントなどの映画もあります。現実に存在してる動物でもホラー映画もありますね(「アナコンダ(蟒)」と言うのなど)。こんなアメリカのホラー映画の怖さは不気味な挿入歌か突然に起こってあっと言わせる物などに根ざします。こういうそういうホラー映画はアメリカで大人気ですね。まぁ、最近(4、5年前から)ちょっと変化して、いよいよ日本的なホラー映画に似てるようになってきました。
ところが、日本のホラー映画では敵方は一般的に化け物ではなくて、頭の中に発想法などを触る想像出来ない敵方です。自分にとっては、これが一番怖い物だと思います。敵方の姿なんか見えないし、撃退も出来ないからですね。
「渦巻き」という映画はそのような映画です。田舎にある街で、市民達がだんだん渦巻き形の憑き物に気が狂うと言う話です。怖いといっても過言ではないですね。実は、初めて見るとその夜は全然眠れませんでした。怖い物に弱くなかったら、以下の予告編を見てみてください。
Monday, October 29, 2007
オンライン・アーカイブ
授業でフェースブックの記事を読んだ時、「2006年はユーチューブの年で、2007年はフェースブックの年」と言われました。2008年はオンライン・アーカイブの年となるでしょうか。
最近ニューヨーカー雑誌で、ゴードン・ベル氏と言うマイクロソフトの研究者の面白い企画についての記事を読みました。1998年からベル氏が大事である書類や写真から些細な記念品まで全部スキャンして、コンピュータに保存し始めました。自分が書いたメールや本、健康管理歴、旅行日記、録音された電話の会話などは、現在デジタル保管庫に入っています。2001年から保存活動に加えて、「ライフログ」を作る行動を始めました。今、何処に行っても「センスカム」という小さな画像や音を記録する装置を首にかけています。自分史を集める上に、起きたことのパターンを解析出来るために人生の総てを保存しようとしています。
関連質問:
*マイクロソフトは最近フェースブックと広告を提供する独占契約を結びました。これからのフェースブックは「人間関係の地図作成者」だけではなく、「個人電子保管所」になりますか。
*「イターナル・サンシャイン」という映画にあったラクナ社みたいな会社は実在しますか。そんな会社は、例えば、彼氏と別れた後、彼が自分のアーカイブに入っている部分を全部消去してくれます。要するに、彼のことを意識{いしき}から抹消{まっしょう}します。
*こんな技術は夫婦喧嘩にいい影響を与えますか。それとも、悪影響?
*普段の人間関係にどんな影響を及ぼしますか。人と会うたびに録画されている感覚をきっかけで、気持ちを演じるのに上手な人が増えますか。人間は何でも見せていい派と建前しか見せない派にもっとはっきりに分けますか。
*愛する人を失った後、その人の「ライフログ」を繰り返して見るのに引っ込む人が多くなりますか。
*センスカムが禁じられている空間クラブの主人は儲かるでしょう。
Sunday, October 28, 2007
あみのっちのオペラグラス
どういうわけか、中学2年の時に急に視力が落ちた。それまでは目だけはよかったのだが、この年を境に、何の前触れもなくがくんと目が悪くなってしまったのだ。目が悪い生徒はなるべく前の方の席に座ることにはなってはいたのだが、私は背が高かったので、前の席には座れなかった。メガネをかければそれですむことなのだが、当時はどうしてもメガネをかけることに抵抗があった。だって、メガネをかけ始めた友達が「メガチュウ」と呼ばれたりしたのだ。もし私がメガネをかけることにでもなれば、特製のあだ名を献上されるのはまず間違いのないところだ。「メガ留」とか「有メガ」。挙句の果てに「メガ留メガお」などというフルネームで呼ばれちゃうかもしれないのだ。そんな事態は絶対避けなくてはならない。だから私は、「また視力が急に回復するのでは」という甘い夢を見ながら、メガネは断固拒否していた。しかし、見えないものは見えない。先生によっては何でそこまでというくらい小さな字をお書きになる方や、ものすごく乱暴な字を書きなぐる方(私も他人のことは言えないが)などいらっしゃった。「ここはとても大切なポイントだぞ!試験にも出すからな!」などと言われれば、いくらずぼらな私でも、一字ももらさず書き写したくなる。困った私は、妹のあみのっちのオペラグラスを黙って持ち出し、それで黒板の文字を見ることを思いついた。早速実行してみると、これがなかなかの名案だった。見えにくかった黒板の文字がばっちり見えるだけでなく、先生のチョークを持つ指先の小さな傷まで見える感じなのだ。「これはいいぞ。頭いいなあ、俺って」私は小躍りしたくなるような気持ちだった。
あのころ私が好きだった授業の一つが、S先生の国語だった。S先生はものすごく厳しい(と言うよりは怖い)年配の女教師だったが、私は結構S先生の授業を楽しみにしていた。S先生は実に几帳面な板書をなさる方だったので、私は例の秘密兵器「あみのっちのオペラグラス」を取り出した。私はオペラグラスを使って黒板の文字を確認することを特に悪いことだとは思ってはいなかったが、何となく先生の目に触れないようにはしていた。厳しいS先生ならなおのこと気をつけていた。しかし、だ。突然先生がこちらを振り返ったのだ。S先生のやや小さめの目が見る見る三角に変わっていくのが、オペラグラスを通してはっきり確認できた。「誰だ?オペラグラスなんかで黒板を見ているのは?ふざけるのも大概にしろ!」有無を言わさぬ調子で先生は怒鳴り始めた。「黒板の字が見えなかったので、仕方なく…」などという私の言葉に耳も貸さず、もうただ一方的に「お前は授業を侮辱している」という罵詈雑言を浴びせかけるのだった。オペラグラスで黒板の字を追ったというのは、ものすごく失礼な行為であり、先生をかくも不愉快な気分にさせてしまったという点に関しては、私は自分の非は潔く認めよう。なんたって先生に見つからないようにしていたくらいなのだから、自分でも少々やましい気持ちはあったのだ。だが、私の(正確にはあみのっちの)オペラグラスは、私の前向きな意欲の表れでもあった点だけは分かっていただきたかった。私はS先生の板書を逃したくない一心だったのである。先生の授業に熱心に耳を傾け、板書を一字も書きもらさないようにと頑張っていたのだ。そんな私の「やる気」から出た行為が、ただ単に「失礼ないたずら」としてだけ糾弾されてしまったのだ。私は案外お人よしな人間である。中学生のころはもっとそうだったと思う。だから怒られれば、大概の場合は「すみません」と言う。しかし、このときばかりは「すみません」とは言えなかった。目を三角にして一方的に私をなじりつづけるS先生を見ながら「そうかよ。そんならもういいよ」と、どんどん冷めた気持ちになっていったのを今もはっきりと覚えている。それからしばらくの間、私は国語への興味を失った。
実は、シカゴからの帰り道、車を走らせながら考え続けたのは、先週の火曜日の授業で「あみのっちのオペラグラス」と同じことが起こっていたのではないかということだった。あの日、授業の準備をしてこなかった学生に、理由を聞くこともせず、「きちんと予習をしてきている学生もいるのだから今日は出席点はあげられない」と言った私は、あのときのS先生ではなかったかと。「でも、先生…」と言いかけたマイケルさんは、「この設問だけはやっていなかったのです…」と言ったワンさんは、あのときの私ではなかったかと。「あみのっちのオペラグラス」を、今度は先生役になって繰り返してしまったのではないかという思いが、シカゴからの帰り道、私の心を暗くした。
金曜日にばったりチュンさんに会い、いろいろ話した。チュンさんは、「スケジュールを確認せずに授業に来てしまったのは100%私達が悪いのです。でも、私たちは先生にやる気のない学生と思われたのが本当に悲しかったのです」と言っていた。よくよく聞けば、チュンさんやマイケルさんは私のスケジュールのアップロードが少し遅れたので、きっと模擬面接を振りかえってのディスカッションや中間試験の講評をするのだろうと思い込んでいたということだった。なるほど、そうだったのか。それは無理からぬ話でもある。実際、私もそれを考えないではなかったからだ。でも、あの時はクラスの大半が課題をきちんとやってきていないことに驚き(だって、こんなことこれまでに一度もなかったから)、このままでは学期後半の授業が運営できないぞということだけが頭にあったのかもしれない。締めるべきところは締めなければならいと思った私は、あえて強めの言葉を選んだのだった。結果、ちょっと一方的な厳しい言い方になってしまい、みんなを「やる気のない学生」と一方的に決め付けることになってしまったのかもしれない。「どうしたんだ?」ともう少し聞いてみてもよかっただろうと今は思う。
知っての通り、私は、何でもかんでも学生の言うことを聞き入れますなどと言うつもりは毛頭ない。5年生の授業に関する全責任を負っているのは私だからだ。だけれども、いつでも学生の意見には耳を傾ける用意はある。それぞれの学生の言い分を聞いた上で、バランスを考え、最終的な判断をしていきたいと思っている。だから、みんな、これまでどおり遠慮せずにいろいろ言ってほしい。「先生、本当に大変なんです」と泣きついても、「はいはい。頑張ってね!」と言うだけかもしれないし、「なるほど、じゃあ、もう少し考えようかね」と言うかもしれない。でも、みんなの言うことを、とにかく聞くだけは聞くつもりだ。
その後あみのっちのオペラグラスをどうしたか、全く思い出せないけど、あの日の苦い思いだけはまだ胸に残っている。
Friday, October 26, 2007
ごくせん



皆様、今日の金曜会はどうですか?私は今、図書館でアルバイトをしています。大変ですね。でも、仕方がないですから。
また、以前の話を続きましょう。「ごくせん」と言うドラマを見たことがありますか?
「ヤンクミ」は白金学院3年4組担任先生です。実は、彼女は「大江戸一家」のお嬢さんです。そういう事実がばれると、教師は絶対にならないですから、自分の正体を隠して白金学院で続けて働きます。クラスで唯一ヤンクミの正体を知る沢田慎は白金学院3年4組のリーダーです。彼はいたずら子ですけど、実は心が優しいです。退学させられそうになるが、ヤンクミのお陰で、学校に残ることになりました。
また、クラスの中で、熊とか内山春彦とか、学生達の個性がばらばらですが、本当に「手を焼く仕事」です。
この間、沢田慎は段々ヤンクミが好きになって、卒業したら告白するつもりです。他の人の目の「不良少年」は、本当にそうですか?ヤンクミの秘密はいつまでも守られますか?
「不良少年」たちは順調に卒業できますか?沢田慎とヤンクミの関係はどうなりますか?
皆様、自分は見てみましょう?
Thursday, October 25, 2007
韓国のサイワールド(Cyworld)
韓国のインターネットの普及は世界に一番で、アメリカよりもっとも優れています。どの国よりも低料金と超速度でインターネットが使われています。それで、私はアメリカにきたばかりに、インターネットの設置の時、3MBで40$だと聞いてビックリしました。韓国はもう100MBを20$以下の料金で一般的に使っています。それで、フェースブックと似たようなCyworldだけではなく、いろんな活動がインターネットを通じて進まれています。私はブログに素敵な写真を見せたいのに、今はカメラもなし、撮る時間もないので少し悩みましたが、彼女のCyworldが思い出しまして、あそこから写真を持ってきました。
Wednesday, October 24, 2007
団長の登場
「立て」
「雷雨はどうなった」とフリードマンが自分に囁いた。
「はい。」フリードマンが早速立った。「団長、失敗じゃなかったとおっしゃったけど、それはどういう意味か。」
「そうだ。最初からその紙は目的ではなかった。ただの気を散らさせる事だった。」
続きを楽しみにしてください。
Tuesday, October 23, 2007
日本の形
初めて見たとき、思わずに笑うままで見たが、東京で友達と遊んでからまじめに日本人の本性を発表する事だと気付きました。
例えば、お寿司を食べに行く度、いつもお寿司屋さんに「大将、何かおすすめは?」と言って直接注文したりしました。お酒をさすときも「まぁ、まぁ、まぁ」と言ったりする事もありましたね。Rahmensたちが、そういう習慣などを全部纏めて、日本の風刺した「日本の形」を作ったものです。
鮨(寿司)
箸、折り紙、お盆休み、夏休み、おにぎり、お茶、謝罪、と手締めも込みです。面白いし本当に勉強になるので、時間があったら見てみてください。

