Sunday, February 10, 2008

『ワンダフルライフ』ウィーク



かねてから予告しておいたように今週は『ワンダフルライフ』ウィークです。この映画について存分に語り合ってください。先週のマイケルさんのエントリーでは、いくつものおもしろいポイントが指摘されていて、本当に『ワンダフルライフ』ウィークの前夜祭という感じでしたね。とてもいい映画評論になっていたので、ほかのみんなもこの映画を考える上でいいヒントをたくさんもらったのではないでしょうか。

さて『ワンダフルライフ』ウィークを始めるにあたって、一つだけ皆さんに注文をつけたいと思います。エントリーは、ポイントを一つにしぼったものにしてもらいたいのです。映画の中で気になったことなどを思いつくままにいろいろ指摘するのではなく、この映画のテーマについて自分はどう思うのかというポイントから書いてもらいたいのです。この映画のテーマは何なのか、是枝がこの映画を通じて問いたかったのはどんなことなのかという点に関してあなたが考えたことをクラスメートにぶつけてみてほしいのです。教材に選んだぐらいですから、私はこの映画についてはいろいろ思い入れはありますし、みんなに聞いてみたいこと、みんなと話し合ってみたいことは山ほどあります。でも、主役はみなさんです。私は、みんなのエントリーやコメントを「ふ~ん。そうかあ。」とか「なるほどなあ」とか「ふむふむ」とか「へ~」などと読ませてもらうことにします。

みんなのことだから、この1週間はものすごく質の高い討論が繰り広げられるものと思うけれど、来週の火曜日にもう一度授業で討論してみましょう。先週の『見知らぬあなた』の討論はよかった。「結末はいったいどうなるのか」ということだけで、あそこまで議論できる皆さんですから、この映画の討論はすごいことになるだろうなとわくわくしています。一つのテーマについていろいろ考え、クラスメートからのフィードバックを受け、また考え、さらにもう一度授業での討論を経て考えを深め感想文を書く。これが今回の中間プロジェクトです。

Saturday, February 9, 2008

皆さん、今晩は。「見知らぬあなた」の結末読みましたか?やはり、二重人格でしたね。そう考えたものはすごいですね。授業で言われた前にそういう事があり得ると全然思わなかったから。冷蔵庫の野菜室の中に主人公の前の夫の頭が入れてあるでしょ。うわ〜。確かに、先学期の百物語の話より怖いですね。それから、関係ないっすけど、「見知らぬあなた」の作家を調べてみました。今邑彩という日本の小説家であります。皆さんは推理小説が好きなら、今邑彩の外の書いた小説を調べてみてください。
先生にお聞きしたいんですが:どうしてこの小説を選んだでしょうか?または、どうして気に入りましたか?

先日は日本で、去年の夏休みに会った友達の川奈由紀さんのソロデビューCDが発売されました。由紀さんは自分の彼女のバンドでキーボードを弾きますが、ソロならギター弾語りで演奏などします。脱線だけど、由紀さんはまるで仲人として、ローレンスと彼女を紹介しました。全部は由紀のおかげです。

ところで、由紀のCDの発売、私たちは本当に嬉しいです。それで、最初のPVを皆さんにお送りします。「A Black Swallowtail」という曲です。どうぞ見てみてください。



最後に、由紀と文子(彼女)と自分の写真もお送りします。

Friday, February 8, 2008

学校苛め


昨日、日本語の授業で学校苛めについて色々を話しましたが、すごく面白かったです。
少し皆様の話を整理して、苛める目標によって分類をしたいんです。
⒈まず、好きな女
これはよく小学校の時、起こることだと思います。その時、好きな女子学生があっても、恥ずかしくて、直接に告白はおろか、平気で挨拶さえできない人が多いと思っています。
この場合、一番相手を引きつける方法はやはり苛めです。この「天才」の考え方のおかけで、様々な苛める方法を想像しました。例えば、こっそりと虫を相手のかばんの中に入ること。つまり、最高な愛を伝える方法は女子学生を泣かすことです。もちろん、いじめの成果はあまり好ましくないですが、恋に落ちる女子が少ないです。
2成績がいい学生
一般的言えば、先生は何時も成績がいい学生を庇う傾向があります。もちろん、いたずら子を気に入る先生もいます。だから、嫉妬心が強い人は気になりを手を出します。この場合、手段が様々ですが、よくまとめらないです。
3お金持ち
お袋が寒い人にとって、お袋が暖かい人をねらって苛めます。よく苛める時、「お前、お金を持ってこい」とか、「お金を頂戴」とかはよく使う台詞です。お金にはこだわらない、弁当などもを奪いしまうことが珍しくないです。

これだけを覚えだせますが、皆様はまたどんな苛め形式を知っていますが?^-^
(この内容が可笑しくて、すみませんでした。)

Thursday, February 7, 2008

発見と見失い

春でよかったなとトレバーは思った。まだ冬であればその長い距離歩けないはずだからだった。その三番目のアイザック・メンデルの住所に行くのに数時間がかかった。でも、それはトレバーに考える暇を与えた。というより、残念ながら、それはトレバーに考える暇を与えた。そしてその考えの結果は「何やってるんだ、僕」だった。頭の中で言ったか声をかけて叫んだか少し曖昧だ。確かなのはトレバーがこの変わった探検のために数十マイルを歩くことは普通はするはずがないことだと気がついた。

しかし、もっと考えたら、ただ狂っているわけでもないということにも気がついた。アレックサンドラ・メンデルの大切さを違算したとは思わなかった。知るはずがないこと、その謎の女の毛色などが勝手に頭の中に浮かんでいた。時々本当はその人のことは知るけど記憶ははっきり見えないという気持ちがした。僕は洗脳されたかと思った。実は、探していた人はほかのまだ調べていないところよりアイザック・メンデルのところにいる証拠は全然なかったが、そこにいる気分があった。でも、時間が経って、考えすぎだろうと思ってしまって、ただその脳に残った住所まで歩いていった。

覚えていたとおりそのところは住宅であるまいとも言えるところだった。まだこれは本当にいいのかと思って、ビルの名前を呼んだ。

米国中西部中央言霊研究所。。。っか。冗談だろうな。」

自信なさそうなトレバーがドアまで行ってノックした。呼び鈴はなかったからだ。一分ぐらい経って、ドアが開いた。開けたのは背が低い少し年寄りの男だった。トレバーは本当にいるかどうか分からないような顔で外をゆっくり見ていた。少なくても僕はこんなに狂っていないと自分を慰めながら、トレバーは話しかけた。「すみません。アイザック・メンデルでいらっしゃいましょうか。」

「はい。メンデル所長です。何でしょうか。」

自然的に速く答えたことにトレバーはちょっと吃驚した。なぜかというと、この人はよく客さんを迎えに行くようには全然見えなかったからだ。そのビルも、本当に研究所だと信じることまだ決めていなかったけど、客さんが来るようなビルじゃなかった。でもその人は信じられないほど分かりやすかった。トレバーには変な気持ちがした。「あの~、失礼しますが、アレックサンドラ・メンデルという方ご存知でしょうか。」

その年寄りはトレバーをじっと見詰めた。表情には見覚えの気配があったといえるだろう。「娘のことか。中入っていいよ」と言って、ビルの中に消えた。

トレバーは安心した。ついに見つけたと思った。しかし、嬉しくはなかった。毛色以外にまだアレックサンドラ・メンデルとはどういう人か全然分からなかったから喜ぶべきかどうか分からなかった。ただドキドキしてアイザック・メンデルの後を追った。

ビルの中はちょっと汚くて変な臭いがした。廊下にメンデル所長が立ち止っていた。客がいるとは忘れたように見えたから、トレバーが躊躇ってもう一度話しかけた。「あの~。すみませんが、お娘さん今いらっしゃいますか。」

「あ、あいつはね、行方不明だ。」

トレバーの期待感が腹を立てて頭の中で強い文句を言い始めた。「そうなんですか」とトレバーが自分を抑制しようとしながら答えた。多分、行方不明ということはこの人の所為じゃないとは分かった。でも、数十マイル歩いたのに。

「うん。数週間前からね。」

随分平気な答え方じゃないかとトレバーは思った。僕は、ただ知らない人、いや、多分知らない人はこんなに怒って、父であるこの人は全然気にしていない。どんな親子関係あるかな、この家族。しかし、メンデル所長の冷静さによってか、トレバーは落ち着いて出来るだけアレックサンドラ・メンデルの情報を聞こうと決めた。「あの~、お娘さんはどの仕事をなさっているでしょうか。」

「勿論、私と同じ。副所長だ。」

この人問いただしにくいねとトレバーは思った。その上返事に吃驚した。こんな小さい研究所に所長も副所長も要るか。メンデル所長以外に誰もいる気配はなかった。土曜日だからかと思った。「えっと、すみませんが、それは何の仕事でしょうか。」

「読めないか。外で書いてあるのに。言霊を研究する。」

言霊。聞いたことあるけど意味はっきり覚えていないという気がした。多分日本語の授業の読み物に出ただろう。魔法の言葉に関係があったか。どうしてそういうことは現在アメリカで研究するか。それをもっと詳しく聞きたかったが、気になっていたこともあった。なぜ気になっていたか分からなかったが、くだらないことなのに迷惑になって大変だったから、聞くしかなかった。「所長のいい事は分かります。どうして分かりますか。分からないはず。。。じゃないですか。」言っている間にもとんでもない馬鹿みたいなことだった。

「あ、文語のことか。それは止めた。馬鹿だったから。だって何の力があるか、こんな台詞に」と聞いて、トレバーの顔の前に紙一枚を押し付けた。随分乱れた走り書きだった。トレバーはなんとなく読んだ。

「かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける。」

「へ~。読めるな。」

「ええ」とトレバーは答えた。読めるはずないのにとは言わなかった。「あの、本当にお娘さんの居場所ご存知じゃないでしょうか。」

「よくこういうのするよ。いつか帰ってくる。」

じゃ、もうここにいる価値はないなと思って、「そろそろ行こうと思っております。お邪魔してすみません」と言った。

答え待たずに気持ち悪いビルから逃げた。メンデル所長は長い間の知り合いのように話していたから変な気がした。一度も会っていないとトレバーは自信なく思った。何が起こっているか分かんないと叫びたかった。

突然気がついた。「あ、何でここからうちに帰るか。馬鹿だな、僕。」

自己憐憫に浸るところのトレバーに深い声が聞こえた。「乗せてあげようか。」


続きを楽しみにしてください。残念ながら、来週はワンダフル・ウィークだから、二週間待つしかないですね。

Tuesday, February 5, 2008

「とくぽくき」食べて見ましたか?

「トクポクキ」私の高校で有名な食べ物。すごく辛くて、感動的に美味しいものです~^^*食べたいな~!!!

毎週、日本語の授業には、ぎりぎりに合わせて行きますが、最近はアミさんの真面目な姿勢を習い、今日は朝8時50分に到着しました。これもアミさんと会う約束があるから、まあ~やっと出来ましたが、朝早く起きるのは本当に苦手です~ウワ~~。

高校生の時が思い出しました。普通、韓国の高校は朝7時までなので、6時に起きないと時刻になりやすいです。私は一年生の時、いつも母に叱られながらぎりぎりだったり、遅くなってお父さんが学校まで車で送ってくれたりしました。でも、2年生から卒業まではいつも、すごく早い時間、5時に目覚め、学校に6時に到着することが出来ました。素晴らしい~^^*

それは、格好よくて優しい国語科目の男の先生が新しく着たからです。その先生は初めに先生になり、毎朝、登校指導のため早く学校にきて、早く登校する学生には、時々話をかけてくれました。

毎朝わくわくして、「今日は先生が何んの話をかけてくれるかな」何を答えたらいいのかな~~工夫しながら誰よりも学校に早めて行きました。ここ、アメリカに留学する前、先生に会ってあの時の話をしましたが、先生は「それだったのか~ 全然知らなかったな~、ただチュンさんは真面目過ぎて早く来るかなと思ったな~悪いね~寝る時間を奪って~」と笑いながら、美味しい「トクポクキ」を買ってくれました。

苦しいはずなのに、あの時は、朝早く起きるのが、かえって胸がわくわくすることでした。

Monday, February 4, 2008

アフター・ワンダフル・ライフ

今まで見た是枝監督の映画は「誰も知らない」と此の「ワンダフル・ライフ」です。なんとなく小津監督の映画を思い出させる。傑作映画では、小津監督は慈悲深い神のように登場人物を善人と悪人を分けずに、一般人の望み・失望・弱点・小さな幸せを優しく見せてくれます。涙もろく感情的なことも簡単なシニシズムも避けながら、感情を上手くかき立てることが巧妙で偉い。

「ワンダフル・ライフ」の目的も制作は普通の映画より興味を起こさせるから、小津のような監督に比べて、普段より厳しい目で見たかもしれません。前提だけがあまりにも面白くて、深く掘り下げられるテーマです。ドキュメンタリー風が正常性を強調して、超自然的な内容を自然に受け入れる。目立たない語り方で、ゆっくりとキャラクターを観察することが出来ます。

 死者のインタビューを聞くのと委員同士の関係を見るだけで十分面白かったです。でも、終わりの方には、監督はそのスタイルに自信がなくなって、無理に主役を決めないと駄目のような気になったみたい。私にとって、心をわざとらしく温まらせようとしている気がしました。死んだ後の人はどうなるかはもう十分感情的なテーマですから、感傷をさらにふける必要はないと思います。料理に例えると、折角煮込んだソースに最後に砂糖を少し入れ過ぎるようです。

是枝監督は小津監督と同じようなヒューマニズム感があるから、いずれ自分なりの人間主義名作が作れると思います。これからの映画を楽しみに待っています。

関連質問:

*幸せな瞬間ってどれぐらい長いですか。瞬間を永遠に追体験することってどういう意味ですか。

*なんで夢・作り話は駄目ですか。面接官はどうやって判りますか。

*死者の人生は判断されないが、皆はやっぱりほのぼのとした思い出を選んでくれました。その死後局は嫌な幸せの瞬間でも再現しますか。

*人生の思い出は頭の中にあるし、ビデオにも載っているみたいから、なんでまた映像上で再現する必要ありますか。フィルムが発明{はつめい}される以前の死者{いぜん}はどうしましたか。

*私だって、大切な思い出を安っぽいセットで知らない人と演出すると、永久に落ち込んじゃうと思います。皆さん、自分の思い出を再現することについてどう思いますか。

Sunday, February 3, 2008

天使の物思い



今学期も私は5年生のほかに2年生を受け持っている。ワシントン大学の2年生というと、きちんとした敬語が使えるのはもちろん、自動詞他動詞、「やりもらい」の表現もきちんとできるレベル。ずいぶんまとまったことが話せてきている。わが学生ながら、よく勉強してくるので、講師としてもやりがいがある。授業が楽しい。優秀な学生の常で、時々気のきいたジョークを返してくれる。先週の木曜、「目」という漢字を導入した。まあ、以前、「見」という漢字のところで「目」の話はしてあるので、「早目」とか「目上・目下」の語彙を確認した。自分の目線の上におくべき人か下におくべき人かということから目上と目下を説明し、「じゃあ、みんなは私の?」と確認すると、もちろん「目下です」とかえってくる。よしよし、と思って、「じゃあ、私はみんなの?」と聞くと、半分ほどの学生が見事に声をそろえて「お年寄り」と言うではないか。大笑いになってしばし授業は中断したのだが、その後きちんと「お年寄り」の漢字も確認できた。悪くない悪くない。

その後「頭」という漢字を導入した。新しい漢字を導入するとき、私はたいてい、もう勉強済みの部首を見つけさせる。この場合は「頁」だった。学生は直ちに「願」と「頼」を例に挙げてくれた。よしよし。後はこの「豆」の部分を覚えればいいのだと説明しかけると、一人の学生が手を上げて言った。「先生、これですね。」彼は左右の頬に手を当て机の上に両肘をついて見せてくれたのだ。つまり、両手で頬づえをついている感じ。物思いふけっているときのポーズだ。彼は、「豆」の部分を身体で表現してくれたのだ。そう、「豆」の「口」が顔、「ソ」の部分がひじから手までの部分、そしてその下の「一」が机というわけだ。「すごい!」私はうなった。私自身がこの漢字を勉強したのは確か小学校2年だったと思う。恥ずかしいほどできの悪い生徒だったので、漢字など全然覚えられなかった。見かねた母がこの漢字は、「一、口、ソ、一、一、ノ、目、ハ」と覚えればいいと教えてくれたことを思い出す。確かに母の言う「一、口、ソ、一、一、ノ、目、ハ」を念仏のように唱えて覚えこめば、「頭」という漢字は書けるはずだった。だが、覚えられなかったのだ、この念仏が私には。ものすごい馬鹿だったからな。でも、今振り返ってみるに、私の頭の悪さもさることながら、この母の念仏も問題がないわけではないと思う。一番の問題点は、この念仏は「頭」というものの持つ概念やイメージにはなんら関係がない点だ。「一、口、ソ、一、一、ノ、目、ハ」を唱えても心に「頭」の「ア」の字も浮かばないではないか。一つの漢字を覚えるために、とんでもなく長く(まあ、個人差はあるだろうが、私には長かった)無意味な念仏を覚えなければならないのか、と思ってしまったのを今も思い出す。これは、あまりにも不合理な記憶法ではないだろうか。それを証拠に、一度だけ、この母の念仏を授業で使ったことがあったが、全然だめだった。学生のあのときのぽか~んとした顔が今も忘れられない。

それに比べ、わが2年生の覚え方はどうだ。ストレートにそして鮮やかに「頭」というものに結びついているではないか。これはすごい。私も、学生に漢字を楽しく学んでもらおうとあの手この手でやってきた自信はあるが、こんな素晴らしいものは私のストックにはない。私は彼を褒めちぎり、今後「頭」という漢字を教えるかぎりこのイメージを使わせてくれと懇願した。と、外の学生が手を上げ「でも、先生、『口』の上の一は何ですか?」と尋ねた。私はすかさず「この『一』は勉強机の電気スタンドでしょう」と返し、ほとんどの学生がなるほどと頷いた。するとまた別の学生が、「いいえ、先生、エンジェルですよ!エンジェルのhaloです!」とまぜっかえし、大笑いになった。なるほど、そうくるか。私は学生と一緒に笑いながら、もう彼らはこの漢字を完全にマスターしたなと確信した。