Friday, February 22, 2008

日本流行文化

近頃は、論文を書くために、色々な日本流行文化についての本を読みました。
この中で、二つの面白い現象を見つけました。一つは「美少女アニメおたく」。
日本の一部の若い男性の中には、アニメの中の女性ような完璧な結婚相手を求めて、現実の女性かちは魅力さを感じられなくなって、結婚をしたくない人々はいます。アニメの中の女性はあまりにも優しいし、美しいし、それに対して、現実で出会う女性があまり完璧ではないから、それは時には男性に失望を与えて、恋愛から逃げる場合もあります。そのようなアニメの女性に理想追求する男性を「美少女アニメおたく」と呼ばれる新単語も出てきます。
もう一つは「パラサイト」
結婚していないで、親と一緒に暮らす生活スタイルを選択します。給料があっても親から経済的援助をうけたり、食事や洗濯など親に身の回りの世話をしてもらっていたり、親から自立して生活を営む心配がまったくないです。日本では、そのような生活スタイルを持つ人々を「パラサイト」と呼ばれます。
もちろん、日本ではなく、中国ではそういう現象があります。

Thursday, February 21, 2008

話す相手

前は全く空だった駐車場には車が一台止まっていた。車の専門家はシェーファー君の方だったからトレバーにはどんな車だったか分からなかったが、多分高級車だと思った。その多分高級車だった車の隣に男が立っていた。トレバーと同じぐらい二十代に見えて、服は車と同じように高級だっただろう。周りの状態を計算しているような表情だった。顔に見覚えもなく、声に聞き覚えもなく、その変な米国中西部中央言霊研究所に来る理由も不明だった。

トレバーの頭の中に賛否両論があった。頭の半分ぐらいは突然現れた人の車に乗るのは大変危険で何のとんでもない馬鹿がそういうことするはずかと討論した。しかし、他の部分はどうしてその人が必ず悪いと思い込んでしまうか、多分手伝えたいだけだと反論を挙げた。トレバーの頭全体はその他に何の帰りようもないと分かったから、前者の半分の方に賛成したのに結局車に乗った。

ドアを閉めて緊張して「ありがとうございます」と言った。

エンジンをかけてその不思議な運転手は深い声で「自分のためにこれをしているから感謝する必要がない。しばらくお前に会いたくて、そして自己紹介するべきだと思っていた。」

やっぱり乗らない方がよかったとトレバーは直ぐに後悔した。勿論どこからともなく現れる良きサマリア人みたいな人は正気なはずがない。だんだん消えて行ったいた研究所の駐車場を見て「私はそんなに有名とは思いません。人違いではないでしょうか」とほとんど希望を持っていない声で言った。

「有名人でもないのに」と言い出したがいきなり車を止めてトレバーに振り返って顔をよく見た。計算する目にそんなにじっと見詰められているからトレバーには顕微鏡で観察される実験のような感じがした。大パニックになったが、その人の握力は余にも強くてドアを開けられるとしても逃げられなかった。相手が呟いていたが、トレバーには一言も分からなかった。

検査は数秒で終わったが、トレバーには数分や半時間ぐらいかかったと感じられた。終わった後で不思議な運転手がもう一度運転し始めた。「いや、すみませんでした」と親切に謝った。「本当に人違いだったでしょうね。でも間違いは私の方だったからお家まで連れてあげます。」

トレバーは少しだけ落ち着いた。ほんの少しだけ。今度はシェーファー君のこともっと聞くべきだなと思っていた。そうすればこういうことにならないはずだ。その変な人の探している人間でなくてよかったと思ったが一緒に車に乗ることは不愉快だった。ただなるべく早くうちに帰って車から逃げる事が欲しかった。

しかし不思議な運転手は会話したかった。「ちょっと聞きたいことがあるんですが、どうしてその建物に行ったでしょうか。言霊に興味を持っているでしょうか。」

「いいえ」とトレバーはしかたなく答えた。返事しないとその人はどうするか分からなかったから話すしかないと思って答えた。「実は今日までは聞いたことがありませんでした、その言葉は。」「と思う」とは言わなかった。そして話したくないのに「そちらは興味を持っていますか」と言ってしまった。

「そうですね。ちょっと趣味だと言えるでしょう。凄いとは思いませんか。言葉には力が宿っているとは。」

トレバーの頭の中にもう一度賛否両論が出てきた。ある声はこの人が悪い、逃げろ、絶対話すなと連発していた。ほかの声がこの人そんなに悪いはずがない、話すだけでどの危険があるか、面白くなるかもしれないと言っていた。この討論いい加減にしろと言いたかったが、この狂っている人に自分が狂っているようには見えて欲しくなかったからただ会話を続けた。「真実であれば面白いかもしれませんが、おとぎ話のことでしょうね。」

「それだけだと思いますか。私は我々の古代の祖先にもう少し信頼しますよ。その人の思っていたとおり、力がほとんどどこにも宿っていると思います。言葉にも数字のも音楽にも自然にも。勿論人間にも。現在の人間たちの役割は祖先より一歩進んでその力の使い方を発見する事だと思います。」

本当に変わり者だな、この人とトレバーは思った。現在誰が信じるか、そういうこと。「じゃ、この車にも不思議な力が宿っているでしょうか」と皮肉っぽい声で聞いた。

相手が笑った。「そうですね。ま、ワシントン大学まで行ける力があると思いますけど。」

会話が終わってもいいところが来てトレバーが少し安心して目を閉じた。しかし数秒後大事なことに気がついて突然あけた。周りを見てそこからうちに歩いて行けることを知って誰かに感謝した。ドアの錠をそっと空けた。そして次の信号で止まったとき小さい声で「まだ行き先言ってないけど」と言ってドアを開けて車から飛び出した。

不思議な運転手が車からゆっくり出た。トレバーを追おうともしなかった。ただその車から逃げていた姿を見て、「お前に何が宿っているだろう」と深い声で叫んだ。「記憶を取り戻してからまた話し合おう。」

ちょっと不気味な依頼だったがその人は本当にトレバーと話したかった。様々な理由があったが、その中の一つはフリードマン君がいなくなった以来話せる相手は見つけにくくなったからだった。


続きを楽しみにしてください

Tuesday, February 19, 2008

私にとって『トトロ』の意味


私は『トトロ』が大好きです。でも、どうしてこんなに好きなのか?あまり考えませんでしたが、先学期から妖怪の研究をしながら、この答えを探すことが出来ました。その理由は、

『トトロ』も『妖怪』だったのです。皆さんも、ご存知のように、先学期に私は妖怪が好きになりました。その理由は後で、どんどん話をします。もし、トトロが普通の生き物だったら、もし、論理的に説明出来るなら、いつでも合える物だったら、超能力を持っていなかったら、このように魅力を感じられるでしょうか? 多分、そうではない、と思います。絶対、好きになるはずがないと思います。

この視角から見ると、私は日本人の考え方も面白いです。そうすると、私が大好きな『隣のトトロ』より、『トトロ』を作り出す日本人の想像力にモット尊敬を表したいです。
メイの家族が初めて、引っ越していた、田舎の古い家に、怖い妖怪とか幽霊が住んでるような感じがしますが、ここでは、以外に、一緒に住みたい妖怪、大変困ってる時は助けてくれる、素敵な妖怪、『トトロ』が住んでいるんです。そんな妖怪なら、いつでも歓迎なのに、いったい、私の『トトロ』はどこにいるんでしょう~~ 
今日は疲れましたので、ちょっと私の説明が不足ですが、また、来週に~~^^*

Monday, February 18, 2008

ストックホルム市内

(さて話は変わりますが、スウェーデンの旅行ガイドの続きです...)

 
ストックホルムは14の島から構成されています。一つが中心にあるガムラ・スタンという17・18世紀の建物が残っている古い地区です。(ガムラは古い、スタンは街という意味です。)

王宮はガムラ・スタンの北のほうにあります。今王家は別の宮に住んでいますが、カール王は執務室として使っています。年末休館のせいで、王宮の中に入ることが出来ませんでした。

ストックホルムの最も狭い路地はガムラ・スタンにあるモーテン・トロッツィック通りです。一番狭い所の幅が90センチ。

別の島にスカンセンという屋外博物館があります。この広い博物館でスウェーデンの各地の古い民家や農家が移築されて、スウェーデンの動物を中心する動物園もあります。あまりにも広くて、一日で見尽くすことが無理です。

年中によく特別な行事が行われます。私たちが訪れた日に「火と氷」がテーマでした。


Sunday, February 17, 2008

『ワンダフルライフ』ウィーク

あみのっちさんが、昨日の日曜日無事、東京マラソン(10KM)を完走したそうです。さっき電話で話したんだけど、ものすごくよかったと言っていた。今回は私のエントリーにはコメントは要りませんので、あみのっちさんにメッセージをどうぞ。

さてさて、1週間みんなのエントリーとコメントを読ませてもらったわけだけど、私の予想をはるかに超えたレベルで、ディスカッションが続けられていたと思う。恥ずかしい話だが、正直、日本人の友人とでさえ、ここまで深い討論をしたことはあまりない。みんな本当にすごいよ。

明後日のディスカッションだが、次のような形で進めていきたいと思う。
1)各人のテーマに関し10分ずつの討論を行う。順番は、当日決めることにしよう。
2)自分の番が来たら、まず、感想のポイントを手短に説明する。この際なぜそれが自分にとって大切なポイントなのかについても触れること。これらは1分から1分半程度でまとめられるように準備しておくこと。
3)次に、自分が司会になり、外の人の意見を聞いてみる。この際、なるべく多くの人の意見が聞けるように工夫すること。発言の少ない人にも意見を求めるようにすること。
4)各自、クラスメートの感想に対し、きちんと自分の意見が言えるように準備しておくこと。下に、みんなのエントリーからポイントと思われるものを一つずつ抜き出してみた。火曜日の討論は、このポイントをもとに進めていきたい。複数のポイントをあげてくれた人もいたのだが、10分という時間の制約があるので、私の方で、ちょっと勝手に「一つだけ」選ばせてもらった。もちろん、外のポイントはおもしろくないとか、意味がないなどということでは、全然ない(念のため)。

マイケル
もう一つの重大なテーマは思い出の作成です。思い出す時、何処に意味をつけるか、何を忘れるかを監督のように決めますね。でも、あなたの思い出は総てあなたのモノですか。または、映画のように外の人と一緒に作る集合記憶ですか。

チュン
つまり、私にとって、幸せのこの映画の意味は、「幸せは、私が作って感じることも出来るものが、それだけでなく、他の人にあげることもできるものだ」、「幸せな瞬間を持ってない人間もない。もし、本人は気付かないかも知れないけど、私のため誰かは幸せを感じているかも知れない。だから、意味がない人生はないものだ」ということです。

カバロ
自分の人生を後悔するのではなく、「大切な思い出」を選ぶことで、この世での自分の存在と人生を自身で受け入れ、天国へ入る準備をする様な気がします。

トレバー
一つの瞬間が大切な意味を持てるが、その瞬間は人生の他の部分と色々な繋がりがあるからこそ意味があると思います。だから一つの人生を一つだけの思い出にすることは酷くて無意味だと思います。私は伊勢谷君と違って責任を取るためではなくこの制度に抗議するために選びません。

ワン
ただ一つの思い出を選ぶなら、不十分な人生になります。また、いろいろなことがあって、見たり聞いたり、いろんな人に出会って、今の私たちになったわけだから、今まで唯一つの思い出を留めて、他の思い出を捨てるなら、自分自身のことを捨てると言えると思っています。

デニス
何となく月のイメージを重視して、何かを象徴してるんじゃないでしょうか。
昔から、日本の和歌とかで月というのは恋人の顔を象徴するものです。「ワンダフルライフ」もその同じ象徴を利用してると思います。というと、「望月さん」は「月を望む」、つまりきょうこさんの全てを忘れたくない気を持っていましたね。

Saturday, February 16, 2008

皆さん今晩は。皆さんはもう今週いろいろ大切なテーマなどについて書いてくださいましたね。今日のエントリーで、別のポイントについて考えてみたいです。本当に大切なポイントかどうか分からないけど、「ワンダフルライフ」を見ると何度も気づいた物です。

それが、「月」の話であります。「ワンダフルライフ」の中で、月は何度か出てきましたね。死後局のある回廊で上に見れば、月が見えるという場所があって、望月さんはじろじろ見てたというシーンもありましたね。それに、当たり前だけど、望月という名前でも「月」の字が出ていますね。何となく月のイメージを重視して、何かを象徴してるんじゃないでしょうか。

それから、月の象徴という話の中心は中村さんが夜中にしおりさんの部屋に訪ねたシーンでした。中村さんは「あ、今夜は奇麗な月ですね。月って面白いですよね。本当の形はいつも同じなのに、光の当たる角度によって、その形はいろんな風にかって見える」と言いました。中村さんの伝えた事はちょっと曖昧なんだけど、考えると望月さんの複雑さを伝えようとしたと思います。

ところで、死後局員のしおりさんはどうして世界大百科辞典を読んでいたでしょうか。簡単に言えば、世界の全てを解るようになりたかったからですね。もっと深く考えたら、世界の事を忘れたくないからじゃないでしょうか。死後局員の皆は同じなんじゃないですか。皆は人生から一つの思い出を選ばなかったという理由でそこで働いているんじゃないですか。つまり、この世から分け離したくないでしょうね。

望月さんも、元の婚約者のきょうこさんの思い出から分け離せなかったですよね。昔から、日本の和歌とかで月というのは恋人の顔を象徴するものです。「ワンダフルライフ」もその同じ象徴を利用してると思います。というと、「望月さん」は「月を望む」、つまりきょうこさんの全てを忘れたくない気を持っていましたね。でもさ、やっときょうこさんは幸せで生きて進むことができたと望月さんは解ってから、一つの思い出を選べましたね。

最後に、その回廊から上に見えた月は本物の月ではなかったと解りますね。というと、この世の分け離せなかったものはイルージョンでしたね。

自分は亡くなってから、この世から分け離して、一つだけの思い出を選ぶ事が出来るでしょうか。。。

Friday, February 15, 2008

人生の存在する証

遅れてしまって、すみませんでした。
正直に言えば、初めはこの映画があまり好きではありません。よく考えれば、本当に深い意味を含まっています。
まず、人生が存在する証はどんなものですか?色々な人の選択した思い出から見れは、大体二つがあります、と言うと、好きになる事と好きになってくれることです。母のにおいとかまた恋人の間の思い出とか、これは好きになること。望月さんのように、自分のこともう他の人の一番幸せな思い出の一部分なるのはやっぱり人生が存在する証です。
だから、ただ一つの思い出を選ぶなら、不十分な人生になります。また、いろいろなことがあって、見たり聞いたり、いろんな人に出会って、今の私たちになったわけだから、今まで唯一つの思い出を留めて、他の思い出を捨てるなら、自分自身のことを捨てると言えると思っています。そのうえ、思い出の大切さは他の記憶と比較した後、感じられるものです。もし、ほかの記憶を全部消して、思い出の大切さもなくなってしまう。つまり、大切な思い出を珍重して大事にするために、ほかの「つまらない」思い出を捨てるわけには行かないと信じています。
大切な思い出を選択できるなら、人生の存在する証がある、これは表面だけで判断です。選択したくない人はかえって自分の人生の印を保つすることができるかも知らない。