Monday, April 21, 2008
国際音楽会イベント
Saturday, April 19, 2008
学生達を責めないで
私は、半導体製造装置の会社で営業の仕事をしていたのだが、月に一度重役を交えて行われる営業会議がとても苦痛だった。半導体製造装置というのはものすごく高価なもので、そうそう毎月決まったように商談がまとまるというものではない。加えて、私がサラリーマンとしてすごした時期のほとんどが、いわゆる平成不況の真っ只中だったので、毎月の営業会議では重役達からずいぶんネジを巻かれたものだった。どのように戦略を立てて機械を売っていくかということが議論の中心ではあったのだが、「何で売れないんだ?」とか「何やってんだ?」という話になってしまうこともずいぶんあった。だが、どうあがいても売れないものは売れないのだ。不景気で企業が設備投資を抑えているのだ。しかし、それを許していては会社は立ち行かない。重役連中からの遠慮のない突込みがはいる。会議で重役達からの攻撃の矢面に立たされるのは部長であった。細かい問題で我々が質問攻めにあい、うまくいっていないとみるや、部長に矛先が向くのだ。あるとき、重役連中の集中砲火を浴びて進退窮まった部長が、「若いやつら(私たちのこと)の動きが悪くてもうどうにもならんのです」と口にした。と、副社長が机をたたいて部長を怒鳴りあげた。「部下がきちんと動かんのは上司の責任や!部下を阿呆だと言うんは、自分を阿呆だと言うのといっしょや!」
日本語を教えている人の中でいい加減に仕事をしている人など一人もいないと思う。もちろん、私もそのつもりだ。でも、時としてこちらの思うようにコースが進まないことがある。一生懸命考えて準備したのに、学生がみんな疲れていてうまく授業が進められないときもある。前の週、あの手この手で教え込んだことが全然定着していなかったりすることもある。たいていはそんなことに構わずにやっていくのだが、こちらも疲れているときなどは「お前らなんでこうなんだ?!もうちょっと頑張れないのか?!」という気持ちになりそうなこともある。そんな時、あのときの副社長の言葉を思い出す。まあ、学生は講師の部下ではないけれど、理想的な上司が部下を上手に動かして仕事をさせるのと同様、学生が疲れているときは疲れているときなりに、定着の悪いときは悪いときなりにリードしてみせるというのが本当の講師というものだろう。
もう何年前のことかもはっきりしないのだが、あのときの副社長の怒鳴り声は、今も私の耳にある。
Friday, April 18, 2008
言いたい話

ここで、私が書いたブログを日本語に翻訳してみます。
君へ
君が夏休みまた日本にいることを聞いて、ちょっとびっくりした。夏休みの時、必ず会えると思っていた。どこかで実習なんでの話を唯冗談だと思っているのに、やっぱり本気ですね。
正直に言えば、本当に君が大連に帰ってほしい、心強いんだから^_^。そのことを言わなくても知っていよね。でも、仕方がないわ、自分で道を選択するですから。わたしはいつもアメリカで応援します。
ずっと感謝の言葉を君に言いたいけど、ここで言います。仲良しだから言わなくてもきっと分かってくれると思っていたから。ペキンに行ったとき、道に迷っていたとき、君がいないと、どうな始末になっただろうか、ちょっと想像できないんです。そして、君とまた孫さんが一緒にペキンに取った写真を見るたびに、思わず笑います。色々思い出を分かち合う友達がめったにいないと思っています。
卒業の前に、君とのシャンハイ旅行の約束を守れなっかたこと、ずっと残念に思っていたよ。本当に。。。。
一言にまとめると、日本にいる君がこれからもずっと幸せにいてほしい。
私たちがペキンに取った写真!
私たちはこのときまだ若いところだ。
Thursday, April 17, 2008
まだ終わっていない
「あ、寒かった、寒かった」とフリードマン君が言った。
「寒さが嫌いなら」と団長が少し怒っている声で言った。ただの埃のように氷の塊をジャケットから払い除けた。「今度はかわせ。」
「団長もかわせなかったけど」とフリードマン君が呟いた。
団長が周りを見た。女も二人の男生も消えた。車の残骸もなくなった。「逃げた」と意外に心配していない声で言った。
「追いますか」とフリードマン君が躍起に聞いた。謎さんに二回負けるとは堪らない恥だった。そしてそいつらを追わないなら団長がフリードマン君を責め続けるはずだった。
団長が近くのベンチに座った。「必要ない」と随分平気に言った。
「でも」とフリードマン君が泣きそうに言った。
「心配するな」と団長が笑って言った。「追わなくてもここに来るはずだ。」
***
「研究所に行かないか」とトレバーが聞いた。最初には十五分前に滅ぼした車の中に乗ることはあまりにも変でほとんど考えられなかった。しかしそれに慣れて直ぐ方向が間違っていることに気がついた。
「その計画は当然過ぎる」と謎さんが答えた。「敵がそれが一瞬に分かるはずだ。敵を混乱させるのは基本的な戦略だ。そして父を危険にさらしたくなかったのだ。」
「あんな敵を混乱させる必要あんのか」とシェーファー君が聞いた。謎さんが壊れた車を蘇らせたことの恩返しとして車の中では何も言わないと約束したが、やはりその非常な状況には約束は守りにくかっただろう。「だって、自分だけで混乱するみたいだから、俺たちが手伝う必要ない。考えすぎじゃ。」
謎さんがその質問に答えた。トレバーがその我慢に感動した。「フリードマンはそうなんだけど、団長は別のレベルだ。あいつを軽視すればいけない。とんでもない人だ。」
「そんなに酷い奴であればどうしてそいつの車に乗らせた」とトレバーが少し疑わしげに聞いた。「私の頭の中にいたんじゃない。」
「乗らないと言ったよ。しかし、フリードマン君は乗れと言って、お前はちょっと馬鹿だからそちらのほうのアドバイスに従ってしまった。」
「そっか。」やっぱり僕が馬鹿だなと思った。「でも、どうしてもっと早く頭から出なかったか。ずっと前から謎さんの手伝えがあればこんなに酷い状態にならなかったはずだ。」
「俺の車もなくならなかったりし」とシェーファー君が付け加えた。
「お前を守りたかった」と謎さんが小さい声で言った。「その紙――もう覚えていないが――その紙がしたことは全てお前の安全のためだった。記憶をなくしたこともそうだ。私が出ればそのことを全部無意味にしたに違いない。でも、お前が馬鹿だし、記憶の空白を無視できなかったから結局出るしかなかった。」少しだけ道から目を離して、トレバーを涙を浮かべんばかりの顔で見た。「いつもただお前を守りたかった。」
トレバーは吃驚した。実は、そんなに努力して探していたのに、前にアレックサンドラ・メンデルはどんな人かとはほとんど考えなかった。だからなるべく何になっても驚かないようにしていたが、このような頭の中にいた守護天使はやはり意外だった。同時に見つけてよかったとも探さなくてもいいのに無理やり出しちゃったとも思った。
「今もそうだ」と謎さんが突然車を止めて言った。トレバーに何かを言う機会を与えずに「長閑睡眠」と唱えた。トレバーが一瞬に寝てしまった。
シェーファー君も寝させるつもりだったが、振り返ってみたらもう車の後部座席で寝ていた。車から出て、トレバーの寝ている顔を窓を通してみた。「御免と言おうと思ったが、悪いことをしていないしお前が対決に行っても何も出来ないから謝らなくてもいいと思う。文句があれば、私が戻ってきてから言ってくれ。」
続きを楽しみにしてください
Tuesday, April 15, 2008
まっくろくろすけと“マリモ”
Monday, April 14, 2008
音楽+映画: 『花様年華』
現在メロドラマと呼ばれる映画は殆んど感情を大げさにするお涙ちょうだい映画でしょう。でも、元々の意味はメロス(歌)+ドラマ(劇)を合わせた所作劇だったそうです。ウォン・カーウァイという中国の映画監督はどっちかというと後者のようなメロドラマを作ると思います。
『花様年華』の舞台は1962年の香港です。チャウ夫妻とチャン夫妻が同じ日に同じアパートの隣の部屋に引っ越して来ます。チャウ(トニー・レオン)の妻とチャン(マギー・チャン)の夫は仕事を言い訳に、あまり家にいません。でも、本当に二人は不倫の関係があるということが判明する。独りぼっちになったチャウとチャンはお互いの配偶者について話し合い、だんだん一緒に過ごす時間が増えます。二人とも浮気している人のようになりたくないので、不倫に陥ることに拒否します。
梅林茂さんのロマンチックなテーマはお互いに直接言えない気持ちを伝えますね。このテーマに加えて、ナット・キング・コールの優雅なラブソングも何度も繰り返されている。ただロマンチックなムードを作るだけではなくて、時間とともに変わる感情も表します。
下のシーンでは日本語のスーパーも英語のスーパーもないですが、音楽と俳優たちの表情を楽しんでください。(王さん、通訳をお願いします。 笑)
ボーナスビデオ:
『2046』という映画は『花様年華』に次ぐウォン・カーウァイの60年代シリーズの3作目。ストリーは少し複雑ですが、映画の始めにはチャウが作家になって、『2046』という小説を書き始めます。冒頭のシーンはその小説の内容を使った劇中劇です。前提は今学期の「幸せ」と「記憶」のテーマに関係があると思います。そして、主人公がキムタクなので、皆さんに興味を持つでしょう。(笑)
(ところで、この映画も音楽を面白く使います。)





