Saturday, February 16, 2008

皆さん今晩は。皆さんはもう今週いろいろ大切なテーマなどについて書いてくださいましたね。今日のエントリーで、別のポイントについて考えてみたいです。本当に大切なポイントかどうか分からないけど、「ワンダフルライフ」を見ると何度も気づいた物です。

それが、「月」の話であります。「ワンダフルライフ」の中で、月は何度か出てきましたね。死後局のある回廊で上に見れば、月が見えるという場所があって、望月さんはじろじろ見てたというシーンもありましたね。それに、当たり前だけど、望月という名前でも「月」の字が出ていますね。何となく月のイメージを重視して、何かを象徴してるんじゃないでしょうか。

それから、月の象徴という話の中心は中村さんが夜中にしおりさんの部屋に訪ねたシーンでした。中村さんは「あ、今夜は奇麗な月ですね。月って面白いですよね。本当の形はいつも同じなのに、光の当たる角度によって、その形はいろんな風にかって見える」と言いました。中村さんの伝えた事はちょっと曖昧なんだけど、考えると望月さんの複雑さを伝えようとしたと思います。

ところで、死後局員のしおりさんはどうして世界大百科辞典を読んでいたでしょうか。簡単に言えば、世界の全てを解るようになりたかったからですね。もっと深く考えたら、世界の事を忘れたくないからじゃないでしょうか。死後局員の皆は同じなんじゃないですか。皆は人生から一つの思い出を選ばなかったという理由でそこで働いているんじゃないですか。つまり、この世から分け離したくないでしょうね。

望月さんも、元の婚約者のきょうこさんの思い出から分け離せなかったですよね。昔から、日本の和歌とかで月というのは恋人の顔を象徴するものです。「ワンダフルライフ」もその同じ象徴を利用してると思います。というと、「望月さん」は「月を望む」、つまりきょうこさんの全てを忘れたくない気を持っていましたね。でもさ、やっときょうこさんは幸せで生きて進むことができたと望月さんは解ってから、一つの思い出を選べましたね。

最後に、その回廊から上に見えた月は本物の月ではなかったと解りますね。というと、この世の分け離せなかったものはイルージョンでしたね。

自分は亡くなってから、この世から分け離して、一つだけの思い出を選ぶ事が出来るでしょうか。。。

Friday, February 15, 2008

人生の存在する証

遅れてしまって、すみませんでした。
正直に言えば、初めはこの映画があまり好きではありません。よく考えれば、本当に深い意味を含まっています。
まず、人生が存在する証はどんなものですか?色々な人の選択した思い出から見れは、大体二つがあります、と言うと、好きになる事と好きになってくれることです。母のにおいとかまた恋人の間の思い出とか、これは好きになること。望月さんのように、自分のこともう他の人の一番幸せな思い出の一部分なるのはやっぱり人生が存在する証です。
だから、ただ一つの思い出を選ぶなら、不十分な人生になります。また、いろいろなことがあって、見たり聞いたり、いろんな人に出会って、今の私たちになったわけだから、今まで唯一つの思い出を留めて、他の思い出を捨てるなら、自分自身のことを捨てると言えると思っています。そのうえ、思い出の大切さは他の記憶と比較した後、感じられるものです。もし、ほかの記憶を全部消して、思い出の大切さもなくなってしまう。つまり、大切な思い出を珍重して大事にするために、ほかの「つまらない」思い出を捨てるわけには行かないと信じています。
大切な思い出を選択できるなら、人生の存在する証がある、これは表面だけで判断です。選択したくない人はかえって自分の人生の印を保つすることができるかも知らない。

Thursday, February 14, 2008

ワン・イズ・ザ・ローンリエスト・ナンバー

今日は始めて小説じゃないエントリーを書くことになったから、皆さん、我慢してください。

「一つだけか。」誰が言ったか覚えていません。多分その選ばない伊勢谷君が言ったでしょう。私もこの場面になってしまえば必ずこの質問を聞くと思います。他の人が書いてくれたように責任や他人の幸せと自分の幸せの関係やベンチは全部大切なテーマだと思いますが、この映画に幸せだけではなく幸せの瞬間が大切なポイントです。こういうトピックが一番気になったからこの「一つだけ」ということを中心にして書きます。

誰でも死ぬ後で死後局に行って、人生の一つの思い出を選びます。そして不思議な別のところへ行ってしまって、永遠までその思い出しかありません。このことに基づいて、この映画では人生は一つの思い出、一つだけの瞬間に縮小できる物です。こういう簡略化は絶対間違いだと思います。人生はとんでもない複雑な物です。勿論、複雑な物なのに大体様々な瞬間に形作られます。と言っても、その全体は部分の和よりずっと大きい物です。一つの瞬間が大切な意味を持てるが、その瞬間は人生の他の部分と色々な繋がりがあるからこそ意味があると思います。だから一つの人生を一つだけの思い出にすることは酷くて無意味だと思います。私は伊勢谷君と違って責任を取るためではなくこの制度に抗議するために選びません。

この制度に反対する人もいるということが映画で認められています。結局選ばない人は天罰を受けずただその死後局の職員になります。最高な仕事とは言えないけど、地獄みたいな所でもないんです。私にとって、同じ思い出を何回も何回も何回も永遠まで再び体験する事より他の人の話を聞く事がずっとましです。しかし映画が思い出を選んで行ってしまうほうがいいと言っていると思います。特に望月さんの話によるといつまでも他の人の人生を聞いてただ不満足気を持つようになって、自分を満足させるために選ぶしかないという意味が含まれていたに違いありません。映画の最後のところに望月さんの話がフォーカスになったから映画のメッセージの大切なポイントだと思います。でも、そのときに、私はただ「どうして選んじまったか」と思って少しがっかりしました。

チュンさんが言ったとおり、意味のない人生はないものです。だからこそこういう風に無理矢理一つだけのほとんど無意味な寂しい思い出に縮小する事は酷いアイデアだと思います。

Tuesday, February 12, 2008

幸せの意味

幸せの意味

私は、「この映画の意味を必ず考えさせてもらいたい」、有留先生の意地に攻められて(苛められて)、この意味をわざ~と探そうと工夫しています~^^;;;

アミさんが指摘したとおり、私もこの映画のポイントは、望月さんが彼女のビデオを見た後で、やっと自分の幸せの瞬間を選ぶことが出来たの所にあると思います。幸せは自分だけのものじゃないから、「責任」だと、考えることにも賛成です。

でも、私が選んだこの映画のテーマは、すごし違う見方で考えて見ました。 望月さんはようやく幸せの瞬間を選びました。しかし、確かにあの瞬間を、望月さんははっきり感じられなかったから、自ずから選ぶことが出来なかったのです。つまり、「本人には直接に感じられない幸せの瞬間」ということです。幸せの感じはそのようなものだと思います。私が感じことも幸せになるし、他の人に幸せをあげて、それを見るのも、幸せになるのです。不思議なものですね。私には残ったものが全然なくても、幸せを感じられるのは。。。

簡単な例をあげてみると、キプト、プレゼントがあります。好きな人からプレゼントを貰うのも「幸せ」で嬉しいですが、好きな人にプレゼントをあげて、あの人が嬉しがることを見るのは、もっとも嬉しくて「幸せな瞬間」じゃないですか?

自分の幸せを感じるため、自分の幸せを探すのも勿論、意味はあるのです。でも、自分の幸せを感じることが出来ない、どうしても自分の幸せは考えたくない、私のような人間は、他の人のために幸せをあげてこれを感じることの方がもっと嬉しくて、これが本物の「幸せの瞬間」になりました。

韓国で私の母は、一週間の1回、病気になってどうしても治る可能性がない人たちのため世話をしてあげています。私は、初めては母に「どうしてそんなに大変なことをしますか?その時間があれば運動してください!」と言いましたが、母は「あそこの患者さんたちが本当にありがたがるのを見ると私の方がむしろ心温かくなるし、手伝ってもらう感じがするから、私はあの人たちを手伝うために行くことではなく、私が手伝ってもらうために行くんです」と、答えました。 母の言葉通りなら、ボランティアの意味もそのような幸せを感じられるから続けられると思います。

つまり、私にとって、幸せのこの映画の意味は、「幸せは、私が作って感じることも出来るものが、それだけでなく、他の人にあげることもできるものだ」、「幸せな瞬間を持ってない人間もない。もし、本人は気付かないかも知れないけど、私のため誰かは幸せを感じているかも知れない。だから、意味がない人生はないものだ」ということです。

Monday, February 11, 2008

アフター・ワンダフル・ライフ ・ その弐

この映画のテーマは、もちろん、幸せです。幸せと...なんでしょうか。

何回か大事なシーンは公園のベンチで行われます。例えば、「そこそこ」の人生をした渡辺さんと「まったく選ぶ意志がない」と言った伊勢谷くんは死後局の外にあるベンチで会った時。ベンチの回りを歩く伊勢谷くんは思い出を選ばないことが自分の人生の責任の取り方と言います。それを聞いて、渡辺さんは幸せと責任の関係を考えて、思い出を選べるようになります。彼が選ぶ思い出は中央公園のベンチで奥さんと一緒に座った時です。


(万が一、この映画を見たことない人がこのエントリーを読んだら...)

**ネタバレ注意**


奥さんも中央公園のベンチに座っている思い出にしたけど、相手が望月さんでした。望月さんが彼女のビデオを見たおかげで、彼女の幸せの瞬間に重要な役割となったことをやっと気付きます。人の幸せに参加することも幸せだということを悟ります。

それで、そのベンチの意味とこの映画の主なテーマは責任ではないでしょうか。自分の幸せを認める責任と外の人の幸せに深く関わる責任です。

もう一つの重大なテーマは思い出の作成です。思い出す時、何処に意味をつけるか、何を忘れるかを監督のように決めますね。でも、あなたの思い出は総てあなたのモノですか。または、映画のように外の人と一緒に作る集合記憶ですか。 

Sunday, February 10, 2008

『ワンダフルライフ』ウィーク



かねてから予告しておいたように今週は『ワンダフルライフ』ウィークです。この映画について存分に語り合ってください。先週のマイケルさんのエントリーでは、いくつものおもしろいポイントが指摘されていて、本当に『ワンダフルライフ』ウィークの前夜祭という感じでしたね。とてもいい映画評論になっていたので、ほかのみんなもこの映画を考える上でいいヒントをたくさんもらったのではないでしょうか。

さて『ワンダフルライフ』ウィークを始めるにあたって、一つだけ皆さんに注文をつけたいと思います。エントリーは、ポイントを一つにしぼったものにしてもらいたいのです。映画の中で気になったことなどを思いつくままにいろいろ指摘するのではなく、この映画のテーマについて自分はどう思うのかというポイントから書いてもらいたいのです。この映画のテーマは何なのか、是枝がこの映画を通じて問いたかったのはどんなことなのかという点に関してあなたが考えたことをクラスメートにぶつけてみてほしいのです。教材に選んだぐらいですから、私はこの映画についてはいろいろ思い入れはありますし、みんなに聞いてみたいこと、みんなと話し合ってみたいことは山ほどあります。でも、主役はみなさんです。私は、みんなのエントリーやコメントを「ふ~ん。そうかあ。」とか「なるほどなあ」とか「ふむふむ」とか「へ~」などと読ませてもらうことにします。

みんなのことだから、この1週間はものすごく質の高い討論が繰り広げられるものと思うけれど、来週の火曜日にもう一度授業で討論してみましょう。先週の『見知らぬあなた』の討論はよかった。「結末はいったいどうなるのか」ということだけで、あそこまで議論できる皆さんですから、この映画の討論はすごいことになるだろうなとわくわくしています。一つのテーマについていろいろ考え、クラスメートからのフィードバックを受け、また考え、さらにもう一度授業での討論を経て考えを深め感想文を書く。これが今回の中間プロジェクトです。

Saturday, February 9, 2008

皆さん、今晩は。「見知らぬあなた」の結末読みましたか?やはり、二重人格でしたね。そう考えたものはすごいですね。授業で言われた前にそういう事があり得ると全然思わなかったから。冷蔵庫の野菜室の中に主人公の前の夫の頭が入れてあるでしょ。うわ〜。確かに、先学期の百物語の話より怖いですね。それから、関係ないっすけど、「見知らぬあなた」の作家を調べてみました。今邑彩という日本の小説家であります。皆さんは推理小説が好きなら、今邑彩の外の書いた小説を調べてみてください。
先生にお聞きしたいんですが:どうしてこの小説を選んだでしょうか?または、どうして気に入りましたか?

先日は日本で、去年の夏休みに会った友達の川奈由紀さんのソロデビューCDが発売されました。由紀さんは自分の彼女のバンドでキーボードを弾きますが、ソロならギター弾語りで演奏などします。脱線だけど、由紀さんはまるで仲人として、ローレンスと彼女を紹介しました。全部は由紀のおかげです。

ところで、由紀のCDの発売、私たちは本当に嬉しいです。それで、最初のPVを皆さんにお送りします。「A Black Swallowtail」という曲です。どうぞ見てみてください。



最後に、由紀と文子(彼女)と自分の写真もお送りします。