
Friday, February 29, 2008
Thursday, February 28, 2008
解放
「お前に何が宿っているだろう。」
トレバーの頭の中でこの台詞が何日か回り続けていた。ワシントン大学に無事で帰ってきて以来それしかほとんど考えられなかった。ほかに考える対象になるために競争するアイデアはなかった。なぜかというと、トレバーがその何日か授業に行かなかった。
その土曜日の変なイベントの後でトレバーの生活に突然入ってきた不思議なことが尚更気になった。前はこれよりもっと気になるはずがないと思っていたのに。空白な月曜日。アレックサンドラ・メンデル。米国中西部中央言霊研究所。不思議な運転手。それを全部解決しなきゃ狂っちゃうと思うようになっていたが、時々もう狂っちゃったという気がした。
しかし解決する方法はないようだった。誰に聞いてもその月曜日に何の大切なこともなかったと答えられる。大切どころか誰もただ面白いことさえ思い出せなかった。そして唯一のアレックサンドラ・メンデルとの繋がりのアイザック・メンデルは結局何の役にも立たなかった。不思議な運転手は多分何か知っていただろうが、そいつに会う手段もなくて会いたくもなかった。
金曜日の午後、シェーファー君がトレバーがぼんやりしていた部屋に入った。「オッス」と言いよどんだ。
トレバーはシェーファー君とは話したくなかった。土曜日の探検を中途半端諦めたからトレバーが怒っていたわけじゃない。その時のトレバーは誰にも話したくなかった。でも頑固に傍で立っていたシェーファー君とは話さざるを得なかったようだった。「日本語の授業、どう。」
「まあまあだな。」
「先生に何を言ったか。」トレバーが今週授業に来ないから風邪とか流感とか何か先生に言い訳言ってくれと頼んだのだ。
「あ、アフリカ睡眠病と言った。」
トレバーがちょっとイライラした顔でシェーファー君を仰いだ。「お前、もっと信用できる病は考えられなかったのか。」
「いや、一番信用できないと思ったからそれを選んだ。だって、俺が毎日授業に行かなきゃいけないのにお前が平気で一週間サボれるなんてごめんなんだよ。」
「そうだろうな」とトレバーが全然興味ない声で言った。
シェーファー君はまた躊躇った。実は、慰めることはとても苦手だったのだ。ほかの状況であれば一瞬も考えないことだが、トレバーがそんなに異常な行動をしていたから何かを言うしかないと思っていた。「おい、トレバー君。本当に大丈夫なのか。」
シェーファー君からそういう言葉があまりにも以外で嘘を付けようとせずに答えてしまった。「僕を見て、大丈夫だと思うか」と皮肉っぽい声で言った。
「えっと。。。なんか。。。話したいことあるか。」
トレバーは話すことに価値があるだろうと分かったがそれでも話したくなかった。そしてシェーファー君を見て正真正銘彼もそういうことについて全然話したくないように見えた。ただし、シェーファー君までそれほど心配をかけていると分かって意気消沈することを止めると決めた。「いや、自分で立ち直ると思うよ。月曜日授業に行く。有留先生に打っ飛ばされるけどな。」
「絶対」とシェーファー君がニコニコして言った。「今夜、どこかで飲みに行かない。」
「今週の宿題全部終えなきゃ。」
「お前、いつもつまんないな」とシェーファー君が言って部屋から出た。
シェーファー君が行った後でトレバーが笑った。「馬鹿だな、僕」と口に出して言った。「その狂っている人の言葉を考えて一週間を無駄にするなんて。お前に何が宿っているだろうってただ大袈裟なナンセンスだ。言霊を信じる人の言葉を真剣に受け止めたとは恥ずかしいな。火を言えば火がどこからともなく現れる。。。はず。。。がない。。。だろう。」
トレバーが言葉を切った理由は「火」を強調して言った瞬間に小さい蝋燭の火のようなものが手のひらで現れた。その手のひらを数秒黙って見た。何の跡も火傷もなかった。想像したかとトレバーが思った。やっぱり狂っちゃった。しかしもし万が一本当に火を創造したとしたら、もう一度実験した。ドキドキして「光」と言った。手が電球のように何秒か白熱して元に戻った。
不思議な運転手、もっと尊敬するべきだったかなとトレバーは思った。そしていきなり突飛なアイデアが頭に思い浮かんだ。「お前には何が宿っているだろう。」その台詞を考え込んだ一週間の中に実は笑止千万な説明を考え出した。知らないはずのことを何となく知っていた理由はなくなった記憶の名残があったからじゃないとしたらどうだ。もしかしたら、思い出の名残ではなく。。。頭の中にほかの誰かの意識が宿っているとしたら。。。
ただの馬鹿げたアイデアだと自分を説得できないうちにやってみると決めた。椅子から立ってできるだけ真面目な声で「解放」と言った。
意識を取り戻してトレバーが苦しげに立った。やっぱり言霊の力をむやみに使っちゃう前に言霊研究所の人に話しておくほうがよかったかなと思った。疼いていた頭のために薬を取りに行こうとしたが、邪魔なものに衝突した。目を開いてよく周りを見たら、部屋にもう一人の人がいた。
勿論、シェーファー君じゃなかった。
続きを楽しみにしてください
Tuesday, February 26, 2008
(予告)『日本人のトトロへの愛情』
『マイケルさんは、時間があるときはある時なりに、ないときはないときなりにきちんとしたエントリーをあげてくるねぇ。今回は、きれいな写真やグーグルマップをセンスよく配置することで、ものすごい奥行きが出せるものなんだねぇ。マイケルさんには、ブログというものの使い方をいつも教わっている気がします』と、有留先生はいつも、アミさんを超ほめますので、私は嫉妬で仕方がなく、ブログを書きはじめました~**;;; 私も、時間がなくても、あっても写真とかセンスよく、なんかしなきゃ~駄目~苦しい~と思ってストレスを受けましたが、
あ~もう一つ、今週のブログの繋がりも、先生の作戦ではないかな。。。
Monday, February 25, 2008
Sunday, February 24, 2008
もう一度『ワンダフルライフ』

先週のディスカッション、素晴らしかったなあ。1時間あれば、あんなに密度の高いディスカッションができるんだなあ。何度も言うけれど、みんな本当にすごいよ。今日は、みんなの話を聞きながらちょっと考えたことを書いてみる。私なりのこの映画の解釈みたいなものなんだけどね。
思い出を一つ選ぶということ。確かにこれはものすごく難しいことだと思う。私はビートルズの大ファンだが、ビートルズの中で一番好きな歌は何かと聞かれたら、「その質問には答えられないね」と答えることにしている。これまでの43年の人生の中から、思い出を一つだけ選べと言われるのは、恐らく、その1億倍は難しいことだと思う。思い出を一つだけ選ぶというのはそれぐらい難しいことだ。難しいと分かりきったことをわざわざ問いかけようとするこの映画に、ある種の「無邪気な無神経さ」のようなものを感じてチュンさんなどは怒ったのだろうし、トレバーさんは反抗の意味を込めて「思い出など選ばない」と決めたのだろう。「ビートルズで一番好きな曲は何?」としつこく聞かれれば、私も「お前などにそんな質問をする資格はない。なぜならお前はビートルズのことが何も分かっていないからだ」と腹立たしい気持ちになるだろう。だから、私にもみんなの気持ちはよく分かる。でも、この「一つだけ」ルールも悪いことばかりではないと思うのだ。それは、この「一つだけ」を求めて、死んだ後、もう一度自分の人生を振り返りそれと真剣に向かい合うことができるからだ。人はみんないずれ死ぬ。誰も死からは逃れられない。だけれど、どれだけの人が死ぬ前に自分の人生をきちんと振り返ることができるだろうか。病気と闘って死ぬ間際まで、もうただただ苦しまなければならなかった人。さっきまで元気そのものだったのに、突然事故に巻き込まれて命を落としてしまった人。まあちょっと極端に過ぎる例かもしれないけれど、僧侶のように精神的な修行を積んだ人でないかぎり、そんなに簡単に悟りを開いて自分の死を受け入れて、なおかつ自分の人生をきちんと振り返ることはできないだろう。何も言わず微笑んで相談員にどんぐり手渡した西村さんのような人は稀なのではないか。だから、たとえ1週間であっても、自分の人生を振り返る機会が持てるというのは悪くないのではないかと私などは思うのだ。
「一つの思いでは外の思い出とは切り離せない」「思い出こそが私が存在してきた証だ」「人間とは思いでそのものだ」という皆の意見に私も賛成する。吉本じゃないけれど、「幸福の瞬間」と言ってみたところで、その瞬間は外の瞬間にいろいろ複雑につながっていて密接不可分なものだ。だから、思い出を一つ選んだとしても、頭の中が空っぽになるわけではなく、それまでのことはちゃんと覚えていて、それまでの出来事の積み重ねの上で「ああ、幸せだなあ」と言える感じになっているのだと思う。あまり考えたくはないことだけれど、例えば、私が病気になってしまい、ベッドから二度と起き上がれなくなってそのまま死んでしまったとしよう。(例えばの話だぜ。トレバーさんじゃないけれど、「言霊」ってものはあると思うから、こんなこと書くのは嫌なんだけどね。)そうなったら、私はきっと、病を得る前の思い出を選ぶだろうと思うよ。元気でぴんぴんしてて、5年生のみんなといろいろ頑張ってる頃のことをね。そうだな、例えばこんな感じ。
一日の仕事を終えて家に帰って、家内とご飯を食べながら、今日の授業のことや家族のことを話してるんだよ。「いや~、やっぱ5年生はすごいよ。文句も多いけど、やることはやるしなあ。それから、あみのっちが結構いいコメントを寄せてくれてなあ」とか家内に話してるんだ。話しながらふと、サラリーマン時代を思い出して、講師になって本当によかったなあと思ったりしている。家内は家内で、日本へ彼女の家族を連れて行くことをあれこれ尋ねてて「お土産何にしましょうかねぇ」とか、「富士山の見える温泉、いいところ見つかった?」とか聞いてる。家族の顔や声が浮かび、ああ、もうじき会えるんだなあとか考えたりしてる。このシーンの前のことはちゃんと覚えているが、病気で身体が言うことを聞かなくなる前の思い出だから、病気にまつわる思い出は一切ない。元気なので飯もうまいし、会話も弾んでる。こんな思い出の中に私は生き続けるのだ。一つの思い出を映画やビデオのような感じで何度も何度も観続ける、または、見せられ続けるというのではなく、選んだ一つの思い出の中に「生き続ける」のだ。
MOS Burger について


Friday, February 22, 2008
日本流行文化
この中で、二つの面白い現象を見つけました。一つは「美少女アニメおたく」。
日本の一部の若い男性の中には、アニメの中の女性ような完璧な結婚相手を求めて、現実の女性かちは魅力さを感じられなくなって、結婚をしたくない人々はいます。アニメの中の女性はあまりにも優しいし、美しいし、それに対して、現実で出会う女性があまり完璧ではないから、それは時には男性に失望を与えて、恋愛から逃げる場合もあります。そのようなアニメの女性に理想追求する男性を「美少女アニメおたく」と呼ばれる新単語も出てきます。
もう一つは「パラサイト」
結婚していないで、親と一緒に暮らす生活スタイルを選択します。給料があっても親から経済的援助をうけたり、食事や洗濯など親に身の回りの世話をしてもらっていたり、親から自立して生活を営む心配がまったくないです。日本では、そのような生活スタイルを持つ人々を「パラサイト」と呼ばれます。
もちろん、日本ではなく、中国ではそういう現象があります。
