アメリカに渡ってきてまず驚いたのが、人々のマナーのよさだった。正直、こちらに来る前は、アメリカは個人主義の(全体の「和」よりも個人の価値観や考え方が優先される)国だという先入観があり、あまり他人のことを思いやるような習慣はないのだろうなあと、ものすごく乱暴に考えていたように思う。こちらに来たばかりのときは、どんなことをされても対応できるように、なんとなくいつも身構えているようなところがあった。
だから、街中やビルの中ですれ違う人と目をあわすときなど、全然知らない人なのにもかかわらず、「ハイ!」とか、「やあ!」と言う感じで会釈してくれるのにはちょっと驚いた。日本にはもちろん、このような習慣はない。私たちは必要以上に他人の顔を見るのを避けるようなところがあり、見知らぬ人と目があったりすると、なんだか気まずかったりする。それどころか、「目があった」というだけで、「何だこの野郎!じろじろ見やがって!」ということになったりすることもあるのでけっこう大変なのだ。そのため、見知らぬ人にこんな風に笑顔で会釈されると、どう反応したらいのか分からず、目をそらしてしまったりしたものだった。でも、今では、会釈をしてくれそうな人に出会うと、こちらからも「ハイ」と声をかけられるようになった。そしてこれは、けっこう素晴らしい習慣なのではないかと思うようになっている。ちょっと気持ちが沈んでいるときなど、こんな具合に「ハイ」と笑顔で声をかけられたりすると、単純な私は、なんだか元気が出てきたりするのだ。
それからもう一つがドアの開け閉め。こちらでは、建物や部屋などの出入りのためにドアを開けるとき、必ず後ろに続く人のためにドアを持って開けておくよね。それだけでなく、後から来た人を「どうぞ」先に通して自分があとから続くこともよくある。これもなかなか気持ちのいい習慣だと思う。気持ちがせかせかとしているときでも、こんなふうにすると、なんだか気持ちに余裕が出てきたりするから不思議だ。
私は基本的には「郷に入りては郷に従え」というタイプなので、アメリカでいいと思う習慣には従うようにしている。でも、一つだけうまくいかないものがある。「Bless you!」がそれだ。もちろん誰かが、くしゃみをすれば、私だって何の問題もなく「Bless you!」と言うことができる。それは相手が見知らぬ人でも同じことだ。誰か「ハクション!」→私「bless you!」→誰か「Thank you」。この流れのときはまず大丈夫なのだが、問題は、私がくしゃみをしたときなのだ。私がくしゃみをした場合には、どういうわけか、まず間違いなく「Bless you!」がかえってこないのである。私「ハクション!」→「し~ん」なのだ。空港のゲートなどで飛行機を待っているときなどでも、私のくしゃみに反応しなかった周りの人たちも、私のすぐ後にくしゃみをしたオヤジには「Bless you!」と声をかけるのだ。どうしてなのだ?なんで、私には何も言ってくれないのだろう。まあ、大したことではないのだが、ちょっと気になる。
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Sunday, November 11, 2007
Sunday, November 4, 2007
兵十郎(へいじゅうろう)
先週の木曜日の授業ではカタカナの話で盛り上がったね。日本語学習者にとってカタカナがいかに難しいかみんないろいろ話してくれたので、ちょっと脱線して日本語学習者に起こりがちな間違いについていろいろ話した。でも、日本語が母国語の私が、日本語学習者のことをあれこれ言うだけでは、ちょっとフェアではないので、今日はその逆、つまり、日本人(私の場合)にとっての英語の話を。
知っての通り、日本語と英語は何から何まで全く違う言語なのだけど、私にとって一番難しいのは発音かもしれない。前にも話したけように、私は日本語の講師になる前は日本の企業でサラリーマンをしていて、最後の2年はコネチカットの代理店を基点にして過ごした。ものすごく出張の多い仕事で、本当に年がら年中飛行機に乗っていた。時々、隣に乗り合わせた人に話しかけられて、話をするのだが、はじめのうちはこれが結構大変だった。「どちらから?」などと聞かれ、「日本人なのですが、今、コネチカットに住んでいるんです」と答える。でも、これがこのままきちんと伝わるようになるまでには、ずいぶん時間がかかった。「日本人なのです」の部分は、まあ分かってもらえるのだが、たいてい「ああ、カナダですか。いいですねぇ。」ということになる。「いいえ、カナダではなく、コネチカットなんです」と頑張って説明するのだが、全然分かってもらえず、あるときなどは、「ああ、ペンシルヴァニアですかあ」と言われてしまったことがあった。コネチカットのつもりがペンシルヴァニア…。このときは、もうそれ以上は頑張るのをやめてしまった。ものすごく親切な紳士で、「実は私の家内の実家がフィラデルフィアでしてねぇ」と話し続けてくれるのに、「なるほど」、「へえ、そうですか」などと愛想のいい返事をしつつ、なんだか情けない気持ちになったのを覚えている。
ビジネスなのだから、数字はとても大切なのだが、これにも時々困ることがあった。15と50。15%のサービスと言ったつもりが、お客が50%だと思い、「御社は素晴らしい!」などと言われ訂正するのに一苦労したことがある。単語の終わりの/n/とか/d/とか/t/は私には結構難しいのだ。強く発音し過ぎると変な感じになってしまうのだが、そうだからと言って発音しないわけでもない。また、発音しにくいだけでなく、聞き取れないということもあるのだ。
中学校のころ、「兵十郎(へいじゅうろう)」とというあだなの女の子がいた。(みんなと読んだ『百物語』に出てきそうな、ちょっとクラッシックな名前である。しかも男の名だ。)兵十郎はある日、友だちと家で音楽を聴いていた。ビートルズだが、ポールがイントロなしで歌い始めるあのオリジナルではなく、ポール・モーリアか誰かがアレンジしたものだったらしい。うっとりとなった友だちが「これいいよねぇ。これ大好き」と言ったそうだ。彼女も「『ヘイ・ジュード』でしょう。私も好き」と答えた。すると、友だちが「あんた、ばっかじゃない?何よ、ジュードって?ドなんてないわよ!この歌は『ヘイ・ジュー』よ!恥ずかしいわね!」「え?でも、これ『ヘイ・ジュード』だよ!ほら、ここに書いてあるじゃん!」と説明を試みるも、「違う違う!それ絶対間違いだよ!私、本物の歌聴いたことあるけど、ちゃんと、「ヘイ・ジュ~」って歌ってたもん。あんた本当の聴いたことあんの?ほら、ないでしょう?恥ずかしい!この兵十郎!」ビートルズに狂っていた私は、もちろん、その曲の名前が『ヘイ・ジュード』であるのを知っていた。でも、それは私がポールの/d/の音をきちんと聞けていたからではなかった気がする。ただ、レコードの解説書を何度も何度も熟読していたおかげで、曲名のつづりを知っていたからだろう。
つい先だっても、家内と話しをしていて、「カード(card)を持ってきて」と頼んだところ、彼女が部屋を出て行こうとするので、どうしたのかと聞いてみると、「車(car)いるんでしょう?」と言うのだ。「ごめんごめん、カードだよ!」といい、二人で大笑いしたのだった。「やれやれ、俺もまだまだ『兵十郎』だなあ」などと思った。
知っての通り、日本語と英語は何から何まで全く違う言語なのだけど、私にとって一番難しいのは発音かもしれない。前にも話したけように、私は日本語の講師になる前は日本の企業でサラリーマンをしていて、最後の2年はコネチカットの代理店を基点にして過ごした。ものすごく出張の多い仕事で、本当に年がら年中飛行機に乗っていた。時々、隣に乗り合わせた人に話しかけられて、話をするのだが、はじめのうちはこれが結構大変だった。「どちらから?」などと聞かれ、「日本人なのですが、今、コネチカットに住んでいるんです」と答える。でも、これがこのままきちんと伝わるようになるまでには、ずいぶん時間がかかった。「日本人なのです」の部分は、まあ分かってもらえるのだが、たいてい「ああ、カナダですか。いいですねぇ。」ということになる。「いいえ、カナダではなく、コネチカットなんです」と頑張って説明するのだが、全然分かってもらえず、あるときなどは、「ああ、ペンシルヴァニアですかあ」と言われてしまったことがあった。コネチカットのつもりがペンシルヴァニア…。このときは、もうそれ以上は頑張るのをやめてしまった。ものすごく親切な紳士で、「実は私の家内の実家がフィラデルフィアでしてねぇ」と話し続けてくれるのに、「なるほど」、「へえ、そうですか」などと愛想のいい返事をしつつ、なんだか情けない気持ちになったのを覚えている。
ビジネスなのだから、数字はとても大切なのだが、これにも時々困ることがあった。15と50。15%のサービスと言ったつもりが、お客が50%だと思い、「御社は素晴らしい!」などと言われ訂正するのに一苦労したことがある。単語の終わりの/n/とか/d/とか/t/は私には結構難しいのだ。強く発音し過ぎると変な感じになってしまうのだが、そうだからと言って発音しないわけでもない。また、発音しにくいだけでなく、聞き取れないということもあるのだ。
中学校のころ、「兵十郎(へいじゅうろう)」とというあだなの女の子がいた。(みんなと読んだ『百物語』に出てきそうな、ちょっとクラッシックな名前である。しかも男の名だ。)兵十郎はある日、友だちと家で音楽を聴いていた。ビートルズだが、ポールがイントロなしで歌い始めるあのオリジナルではなく、ポール・モーリアか誰かがアレンジしたものだったらしい。うっとりとなった友だちが「これいいよねぇ。これ大好き」と言ったそうだ。彼女も「『ヘイ・ジュード』でしょう。私も好き」と答えた。すると、友だちが「あんた、ばっかじゃない?何よ、ジュードって?ドなんてないわよ!この歌は『ヘイ・ジュー』よ!恥ずかしいわね!」「え?でも、これ『ヘイ・ジュード』だよ!ほら、ここに書いてあるじゃん!」と説明を試みるも、「違う違う!それ絶対間違いだよ!私、本物の歌聴いたことあるけど、ちゃんと、「ヘイ・ジュ~」って歌ってたもん。あんた本当の聴いたことあんの?ほら、ないでしょう?恥ずかしい!この兵十郎!」ビートルズに狂っていた私は、もちろん、その曲の名前が『ヘイ・ジュード』であるのを知っていた。でも、それは私がポールの/d/の音をきちんと聞けていたからではなかった気がする。ただ、レコードの解説書を何度も何度も熟読していたおかげで、曲名のつづりを知っていたからだろう。
つい先だっても、家内と話しをしていて、「カード(card)を持ってきて」と頼んだところ、彼女が部屋を出て行こうとするので、どうしたのかと聞いてみると、「車(car)いるんでしょう?」と言うのだ。「ごめんごめん、カードだよ!」といい、二人で大笑いしたのだった。「やれやれ、俺もまだまだ『兵十郎』だなあ」などと思った。
Sunday, October 7, 2007
ところ変われば その2

「何でお前ひげ生やしてないの?日本人はみんなそうなの?」正面にいるものと思っていた対戦相手に、真後ろからパンチを繰り出されたような感じだった。しかも絶妙のタイミングで。なるほどそう来るかあ。私は笑いながら「どうしてか俺にも分からん。俺の会社の上司もお客さんも誰一人ひげなんか生やしてない。日本じゃたいていそうなんだ」と答えたが、彼は、どうも納得できない様子。そこで私が聞いた「じゃあ、どうしてコスタリカではみんなひげ生やしてんだよ?」今度は彼が笑い出す番だった。「わはははは。いい質問だ。そうだよなあ。俺にも分かんねーよ。」彼は自分の顔に蓄えた見事なひげと私のひげなしの顔を交互になでながら言った。「もう一軒行こう。いつも行くバーがあるんだ。会社の連中も集まってるはずだ。次は俺のおごりだから心配すんな!」
酒に弱い私は、その店で開けたサッポロ2本に他愛無く酔っていたのだが、彼に引っ張られ、彼ら行きつけのバーへと向かった。「ヒロを連れてきてやったぞ」と彼が入り口で呼ばわると、みんな一斉に振り向いて「おお、ヒロじゃねーか!」「ここには日本のビールはないが、コスタリカのはあるぞ」などとみんなで歓待してくれた。彼の言葉どおり、そこにはエンジニア達が勢ぞろいしていた。しかしよく飲むやつらだ。本当にうらやましいほどの飲みっぷりなのだ。みんな自慢のひげを濡らしながら次々にビールを注文している。私もつられてどんどん飲んだ。仕事の話は一切なし。みんなしょうもないことを話し散らしている感じだ。そのうちだれかが、ふと、「知ってるか?」と「ウルトラセブン」のテーマソングのメロディーを口ずさむや、大合唱になってしまった。(5年生のみんなはウルトラセブンと言われてもピンと来ないかもしれないが、ウルトラマンシリーズの第二作目の作品でシリーズ屈指の名作といわれている。)まあ、大合唱といっても、日本語の分からない彼らのこと「ほ~りはりはりほ~(は~るかな星が~)」とめちゃめちゃなのだが、メロディーだけはばっちり覚えてくれていて、歌いながら、口々に「ダン」「アンヌ」「キリヤマ」などと登場人物の名前をあげるのだった。地球の反対側の国に生まれ育った同世代のエンジニアたちも、私と同じように「セブン」を観て育ったのかと思うと、なんだか親近感といおうか、連帯感といおうか、そんなものを感じて胸が熱くなってきた。
私は元来お調子者である。その上、かなり酔ってもいた。彼らに「たのむ、日本語で歌ってくれ」と言われ「いや~、こちらへは出張で来ておりますし…」などと断わろうはずもない。私は「ヨッシャ~」と立ち上がり「セブーン、セブーン」と歌い始めた。と、どうだ。我々のグループの連中ばかりか、外の連中からもやんやの大喝采ではないか。大喝采と書いたが、これには偽りはない。口笛あり、うなり声あり、笑い声あり、拍手ありの文字通り、正真正銘の大喝采なのだ。それは、日本のカラオケバーで頂戴するようなお義理の手拍子などではない。ラテンの魂をもった熱き酔っ払いたちからの、本物のエールなのだ。私は、頭上から目には見えないスポットライトが一筋降りてきたのを感じた。
立ち上がって「セブンセブンセブン」とか歌っているひげのない東洋人と、めちゃくちゃな歌詞でそれに唱和するひげの男達。まさに薄暗い酒場が一体となったかに見えたそのときだった。ひげの男達の声が急にやんだのである。「倒せ銀河の果てまでも~(…あれ?変だぞ。誰もついてこないじゃないか)」私は薄目を開けてあたりを見渡した。すると…。
来週に続く
Sunday, September 30, 2007
ところ変われば

授業の初日にも少し話したと思うのだが、私は大学の日本語講師になる前は、日本の企業(半導体製造装置のメーカー)でサラリーマンをしていた。そのサラリーマン生活の最後の2年をアメリカのコネチカット州を基点に過ごした。当時会社が使っていた代理店に席をもらい、彼らのセールス活動のサポートをしていた。その間、アメリカ国内だけでなく、中南米のコスタリカへも出張する機会に恵まれた。コスタリカへは計5ヶ月ほど滞在することになったのだが、今回と次回はそのときの話を少し。
日本のサラリーマンはとても律義である。初めて挨拶させてもらうような場合、それがお世話になるお客さんである場合は必ずお土産を持参する。今後の取引の拡大を目論んでいる相手ならなおさらだ。私は、あれこれ考えたあげく、コスタリカへ和菓子を持っていくことにした。甘いお菓子だし、見た目もきれいだから間違いはなかろうと思ったのだ。部長級の人々には一つずつ、エンジニアや秘書の人たちには「皆さんでどうぞ」という具合にして配った。みんな「ありがとう!」と嬉しそうに受け取ってくれ、私はほっとした。しかしだ。私の思いに反し、お菓子の売れ行きがよくないのだ。あんなに嬉しそうに受け取ってくれたのに、どうしたというのか。一番親しくしていたエンジニアに遠まわしに理由を聞くと、「これ、豆だよな。どうして甘くするんだ?」と言うではないか。小豆(あずき)で作る粒餡(つぶあん)がだめだと言うのだ。コスタリカ人は豆をよく食べる。朝食に豆。昼食に豆。夕食にも勿論豆という感じだ。彼に言わせると、豆はおやつではなくご飯に食べるようなものなので、それを餡(あん)のように甘くするというのは、信じられないということだった。なるほどそういうわけか。確かに、それには一理ある。日本人も、ご飯を甘くしては食べないものな。いい勉強になった。そう思い、その晩彼を少々高いが日本食のレストランへ誘った。
その晩彼と二人、ビールを飲みながら、刺身をつついた。どうやら、刺身は大丈夫のようで、彼はうまいうまいとどんどん食べた。外国人に日本の食べ物をほめられると悪い気はしないものだ。「そうかそうか」と大いに盛り上がった。ふと、コスタリカに来てからずっと気になっていたことを聞こうと思った。「どうしてお前らみんなひげを生やしてるんだ?」今まさにそう聞こうとしたそのとき、彼が聞いた。「お前、どうしてひげ生やしてないの?」言い忘れたが、当時の私はひげを生やしてはいなかった。最近では少し変わってきたようだが、10年前までは、サラリーマンがひげを生やすなどということは許されないという雰囲気が日本にはあったのだ。「日本人はみんなそうなのか?」と畳み掛ける彼に答える前に笑ってしまった。
来週に続く
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