Wednesday, October 31, 2007

善の派に戻って。。。

今日は、皆さん。いつものように、話の続きです。今度は少しアドバイスがあるんですが、この部分で登場する「所長」という人物の台詞は、理解しようと時間を無駄遣いしないほうがいいと思います。後で分かると思います。あ、もう一つの事は、今度もラブシーンになりません。悪いけど、時々読者の期待を裏切るのは作家の仕事です。許してください。


米国中西部中央言霊研究所はそんなに大した場所には見えなかった。一階建てだけで、何の目立つ事もなくて、二軒のアパートの間に詰め込んだようだった。外から見ると、ただの小さい診療所にしか見えなかった。トレバーは秘密を守る為に外見はつまらなくされているけど中には何か凄い物があるはずだと思ったが、やはり見損なった。床はべたべたで、黄色っぽいな電気は点滅していて、少し古くてかびだらけの本で臭かった。

「何をするか、ここに」とトレバーがはげかけたペンキを見ながら聞いた。

「当たり前じゃない」と謎さんが皮肉な声で答えた。「言霊を研究する。」

「僕は馬鹿かもしれないけど、それはもう分かった」とトレバーは皮肉の競争を始めるように言った。「具体的に何の研究か。」

「色々な事をする」と謎さんが返事した。まだあまり説明したくないような顔をしていたが、何の説明でも貰うのにトレバーが感謝した。「ある言葉に何の力があるの研究、どの解放の方法が一番効果的かという調査、言葉を組み合わせてどうなるという研究。言霊使いも養成する。」

「じゃ、僕も言霊使いの教育をするか」とトレバーが好奇心強く言った。

数秒考えて、「まぁ、時間があったらそうするかもしれない」と謎さんが答えた。

トレバーはしばらく思案した。言霊使いになれるかと思った。物凄い魔術を使って悪と戦う空想に耽って、他の人にぶつかった。

「おい」謎さんが少し怒って言った。「注意しろ。所長に衝突したよ。」

非常に恥ずかしいことだった。まだ紹介さえしていないままで所長に知らずにぶつかったか。信じられない馬鹿だと思った。そしてその人の顔はボーっとしたように見えたから、トレバーはあまりにも屈辱と感じて話せなかった。

その表情を見ると、謎さんはちょっとだけ笑った。「大丈夫だよ」と慰める為に言った。「いつもそういう顔をしている。お前とは関係ない。」

トレバーは少しまごまごしていたが、反射神経的に紹介した。「始めまして。ベン・トレバーと申します。よろしくお願いします。」

その所長が呆然とした目でトレバーを見て、「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ」と言った。

今度はトレバーが呆然した。「すみません」と聞いた。

謎さんがくすくす笑った。「あ、言い忘れた。所長は今文語しか話していない。もっと力があるかどうかという問題を研究しているそうだ。私は大切な部分を通訳するから、聞かなくてもいいです。」

「分かった」とトレバーが本当に分からなかったような声で言った。まだ所長に褒め言葉など言う必要があると思って、「えっと、言葉の様々な面白い力を研究なさっていますね」ともじもじして言った。

「力も入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の中をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは歌なり。」

まだニヤニヤ笑って、「止めたほうがいいよ」と謎さんが言った。それから行き成り無表情な顔を再び付けて、「悪いが、ここでふざける時間がない。その紙に何の力があるかということを早く発見しなくてはならない。お前を機械に入れる。」

トレバーの体が凍り付いた。半時間前に誰かが撃とうとしていたが、それより無名な機械に入れられるのは遥かに怖かった。「あの~、紙をその機械に入れたほうがいいちゃう」とゾッとして言った。

「さまざまの御祈はじまりて、なべてならぬ法ども行はるれど、更にそのしるしなし」と所長が言った。

「それはどういう意味か」と少しパニックになっていたトレバーが聞いた。

「それはもうしたが結果は出せなかった」と謎さんが説明してくれた。「お前を入れるしかない。」

まだゾッとして、トレバーは謎さんに廊下を引っ張られていた。平家物語や方丈記を読んでいればその恐怖という感情から離れる事が出来たかもしれないが、残念ながら日本の古代文学に興味がなかったからそういう物を一度も読んだ事なかった。

「あの~」とトレバーは自分を落ち着かせようとするように言った。「何の機械だろうか。」

トレバーに向かずに、「頭の中を探索する機械だ。「私をお前の頭に入れて、そこでその紙に書いてある事の事実を発見できるはずだ。」

逆効果。女が頭の中に入るかとトレバーが目を丸くして尚更パニックして思った。「いや、それは一番心地よくない事だけど」と抗議したが、筋立てに反抗できないと分かって、黙ってこの先関係者以外立入禁止と書いてあったドアまで引っ張られた。



続きを楽しみにしてください。

Tuesday, October 30, 2007

ハロウィーンの前日

皆さん、こんちは。いろんな理由で今日はコメディより怖い内容が合うって感じですね。明日はハロウィーンだし、今日の授業で怖い話をしたし、週末でホラー映画を見に行ったから、今日は何といっても怖い環境が存在してるように思っていますね。

週末で見た映画は、「夜の30日」という映画です。特に良い映画ではないと思うけど、すごく面白かったです。でも、今日の話は違うホラー映画について話したいのです。

ホラー映画が好む者ではないですが、面白くて気に入るなら仕方ないですね。それで、一番好きなホラー映画は日本の「うずまき」という映画です。伊藤潤二(いとうじゅんじ)が書いたホラー漫画の改作で、2000年に作った映画です。なぜそんなに好きなんかと聞かれたら、すごく日本的なホラー空想だからです。

つまり、アメリカのホラー映画は一般的にどっきりと驚愕させる事が多いですね。それに、敵方は常々何らかの化け物です。例えば、「夜の30日」の敵方はヴァンパイアで、またはゾンビとかミュータントなどの映画もあります。現実に存在してる動物でもホラー映画もありますね(「アナコンダ(蟒)」と言うのなど)。こんなアメリカのホラー映画の怖さは不気味な挿入歌か突然に起こってあっと言わせる物などに根ざします。こういうそういうホラー映画はアメリカで大人気ですね。まぁ、最近(4、5年前から)ちょっと変化して、いよいよ日本的なホラー映画に似てるようになってきました。

ところが、日本のホラー映画では敵方は一般的に化け物ではなくて、頭の中に発想法などを触る想像出来ない敵方です。自分にとっては、これが一番怖い物だと思います。敵方の姿なんか見えないし、撃退も出来ないからですね。

「渦巻き」という映画はそのような映画です。田舎にある街で、市民達がだんだん渦巻き形の憑き物に気が狂うと言う話です。怖いといっても過言ではないですね。実は、初めて見るとその夜は全然眠れませんでした。怖い物に弱くなかったら、以下の予告編を見てみてください。

Monday, October 29, 2007

オンライン・アーカイブ

授業でフェースブックの記事を読んだ時、「2006年はユーチューブの年で、2007年はフェースブックの年」と言われました。2008年はオンライン・アーカイブの年となるでしょうか。

最近ニューヨーカー雑誌で、ゴードン・ベル氏と言うマイクロソフトの研究者の面白い企画についての記事を読みました。1998年からベル氏が大事である書類や写真から些細な記念品まで全部スキャンして、コンピュータに保存し始めました。自分が書いたメールや本、健康管理歴、旅行日記、録音された電話の会話などは、現在デジタル保管庫に入っています。2001年から保存活動に加えて、「ライフログ」を作る行動を始めました。今、何処に行っても「センスカム」という小さな画像や音を記録する装置を首にかけています。自分史を集める上に、起きたことのパターンを析出来るために人生の総てを保存しようとしています。

関連質問:

*マイクロソフトは最近フェースブックと広告を提供する独占契約を結びました。これからのフェースブックは「人間関係の地図作成者」だけではなく、「個人電子保管所」になりますか。

*「イターナル・サンシャイン」という映画にあったラクナ社みたいな会社は実在しますか。そんな会社は、例えば、彼氏と別れた後、彼が自分のアーカイブに入っている部分を全部消去してくれます。要するに、彼のことを意識{いしき}から抹消{まっしょう}します

*こんな技術は夫婦喧嘩にいい影響を与えますか。それとも、悪影響?

*普段の人間関係にどんな影響を及ぼしますか。人と会うたびに録画されている感覚をきっかけで、気持ちを演じるのに上手な人が増えますか。人間は何でも見せていい派と建前しか見せない派にもっとはっきりに分けますか。

*愛する人を失った後、その人の「ライフログ」を繰り返して見るのに引っ込む人が多くなりますか。

*センスカムが禁じられている空間クラブの主人は儲かるでしょう。

Sunday, October 28, 2007

あみのっちのオペラグラス

皆さん今晩は。週末はどうだった?私は、急にシカゴの家内の実家へ行くことになり、さっき戻ったところなのだ。この前のコスタリカの話がまだ終わっていないのだが、今回はシカゴからの帰り道いろいろ考えたことについて書くことにする。ちょっと長くなったが、頑張って読んでほしい。

どういうわけか、中学2年の時に急に視力が落ちた。それまでは目だけはよかったのだが、この年を境に、何の前触れもなくがくんと目が悪くなってしまったのだ。目が悪い生徒はなるべく前の方の席に座ることにはなってはいたのだが、私は背が高かったので、前の席には座れなかった。メガネをかければそれですむことなのだが、当時はどうしてもメガネをかけることに抵抗があった。だって、メガネをかけ始めた友達が「メガチュウ」と呼ばれたりしたのだ。もし私がメガネをかけることにでもなれば、特製のあだ名を献上されるのはまず間違いのないところだ。「メガ留」とか「有メガ」。挙句の果てに「メガ留メガお」などというフルネームで呼ばれちゃうかもしれないのだ。そんな事態は絶対避けなくてはならない。だから私は、「また視力が急に回復するのでは」という甘い夢を見ながら、メガネは断固拒否していた。しかし、見えないものは見えない。先生によっては何でそこまでというくらい小さな字をお書きになる方や、ものすごく乱暴な字を書きなぐる方(私も他人のことは言えないが)などいらっしゃった。「ここはとても大切なポイントだぞ!試験にも出すからな!」などと言われれば、いくらずぼらな私でも、一字ももらさず書き写したくなる。困った私は、妹のあみのっちのオペラグラスを黙って持ち出し、それで黒板の文字を見ることを思いついた。早速実行してみると、これがなかなかの名案だった。見えにくかった黒板の文字がばっちり見えるだけでなく、先生のチョークを持つ指先の小さな傷まで見える感じなのだ。「これはいいぞ。頭いいなあ、俺って」私は小躍りしたくなるような気持ちだった。

あのころ私が好きだった授業の一つが、S先生の国語だった。S先生はものすごく厳しい(と言うよりは怖い)年配の女教師だったが、私は結構S先生の授業を楽しみにしていた。S先生は実に几帳面な板書をなさる方だったので、私は例の秘密兵器「あみのっちのオペラグラス」を取り出した。私はオペラグラスを使って黒板の文字を確認することを特に悪いことだとは思ってはいなかったが、何となく先生の目に触れないようにはしていた。厳しいS先生ならなおのこと気をつけていた。しかし、だ。突然先生がこちらを振り返ったのだ。S先生のやや小さめの目が見る見る三角に変わっていくのが、オペラグラスを通してはっきり確認できた。「誰だ?オペラグラスなんかで黒板を見ているのは?ふざけるのも大概にしろ!」有無を言わさぬ調子で先生は怒鳴り始めた。「黒板の字が見えなかったので、仕方なく…」などという私の言葉に耳も貸さず、もうただ一方的に「お前は授業を侮辱している」という罵詈雑言を浴びせかけるのだった。オペラグラスで黒板の字を追ったというのは、ものすごく失礼な行為であり、先生をかくも不愉快な気分にさせてしまったという点に関しては、私は自分の非は潔く認めよう。なんたって先生に見つからないようにしていたくらいなのだから、自分でも少々やましい気持ちはあったのだ。だが、私の(正確にはあみのっちの)オペラグラスは、私の前向きな意欲の表れでもあった点だけは分かっていただきたかった。私はS先生の板書を逃したくない一心だったのである。先生の授業に熱心に耳を傾け、板書を一字も書きもらさないようにと頑張っていたのだ。そんな私の「やる気」から出た行為が、ただ単に「失礼ないたずら」としてだけ糾弾されてしまったのだ。私は案外お人よしな人間である。中学生のころはもっとそうだったと思う。だから怒られれば、大概の場合は「すみません」と言う。しかし、このときばかりは「すみません」とは言えなかった。目を三角にして一方的に私をなじりつづけるS先生を見ながら「そうかよ。そんならもういいよ」と、どんどん冷めた気持ちになっていったのを今もはっきりと覚えている。それからしばらくの間、私は国語への興味を失った。

実は、シカゴからの帰り道、車を走らせながら考え続けたのは、先週の火曜日の授業で「あみのっちのオペラグラス」と同じことが起こっていたのではないかということだった。あの日、授業の準備をしてこなかった学生に、理由を聞くこともせず、「きちんと予習をしてきている学生もいるのだから今日は出席点はあげられない」と言った私は、あのときのS先生ではなかったかと。「でも、先生…」と言いかけたマイケルさんは、「この設問だけはやっていなかったのです…」と言ったワンさんは、あのときの私ではなかったかと。「あみのっちのオペラグラス」を、今度は先生役になって繰り返してしまったのではないかという思いが、シカゴからの帰り道、私の心を暗くした。

金曜日にばったりチュンさんに会い、いろいろ話した。チュンさんは、「スケジュールを確認せずに授業に来てしまったのは100%私達が悪いのです。でも、私たちは先生にやる気のない学生と思われたのが本当に悲しかったのです」と言っていた。よくよく聞けば、チュンさんやマイケルさんは私のスケジュールのアップロードが少し遅れたので、きっと模擬面接を振りかえってのディスカッションや中間試験の講評をするのだろうと思い込んでいたということだった。なるほど、そうだったのか。それは無理からぬ話でもある。実際、私もそれを考えないではなかったからだ。でも、あの時はクラスの大半が課題をきちんとやってきていないことに驚き(だって、こんなことこれまでに一度もなかったから)、このままでは学期後半の授業が運営できないぞということだけが頭にあったのかもしれない。締めるべきところは締めなければならいと思った私は、あえて強めの言葉を選んだのだった。結果、ちょっと一方的な厳しい言い方になってしまい、みんなを「やる気のない学生」と一方的に決め付けることになってしまったのかもしれない。「どうしたんだ?」ともう少し聞いてみてもよかっただろうと今は思う。

知っての通り、私は、何でもかんでも学生の言うことを聞き入れますなどと言うつもりは毛頭ない。5年生の授業に関する全責任を負っているのは私だからだ。だけれども、いつでも学生の意見には耳を傾ける用意はある。それぞれの学生の言い分を聞いた上で、バランスを考え、最終的な判断をしていきたいと思っている。だから、みんな、これまでどおり遠慮せずにいろいろ言ってほしい。「先生、本当に大変なんです」と泣きついても、「はいはい。頑張ってね!」と言うだけかもしれないし、「なるほど、じゃあ、もう少し考えようかね」と言うかもしれない。でも、みんなの言うことを、とにかく聞くだけは聞くつもりだ。

その後あみのっちのオペラグラスをどうしたか、全く思い出せないけど、あの日の苦い思いだけはまだ胸に残っている。

Friday, October 26, 2007

ごくせん




皆様、今日の金曜会はどうですか?私は今、図書館でアルバイトをしています。大変ですね。でも、仕方がないですから。

また、以前の話を続きましょう。「ごくせん」と言うドラマを見たことがありますか?

「ヤンクミ」は白金学院34組担任先生です。実は、彼女は「大江戸一家」のお嬢さんです。そういう事実がばれると、教師は絶対にならないですから、自分の正体を隠して白金学院で続けて働きます。クラスで唯一ヤンクミの正体を知る沢田慎は白金学院34組のリーダーです。彼はいたずら子ですけど、実は心が優しいです。退学させられそうになるが、ヤンクミのお陰で、学校に残ることになりました。

また、クラスの中で、熊とか内山春彦とか、学生達の個性がばらばらですが、本当に「手を焼く仕事」です。

この間、沢田慎は段々ヤンクミが好きになって、卒業したら告白するつもりです。他の人の目の「不良少年」は、本当にそうですか?ヤンクミの秘密はいつまでも守られますか?

「不良少年」たちは順調に卒業できますか?沢田慎とヤンクミの関係はどうなりますか?

皆様、自分は見てみましょう?

Thursday, October 25, 2007

韓国のサイワールド(Cyworld)

今日は~ 今日はロンちゃんの話より、韓国のフェースブックなような“Cyworld”を紹介します。機能はすこし違うかもしれませんが、大学生の中心でブームなっていて、学生たちがオンライインの中で、いろんな自分の個人的な話を共有することなど、たいてい同じです。私はここ、St. Louis.にきた後には、全然友だちと連絡する時間がありませんが、時々友だちのCyworldに訪ねて友達の生活をのぞいています。

韓国のインターネットの普及は世界に一番で、アメリカよりもっとも優れています。どの国よりも低料金と超速度でインターネットが使われています。それで、私はアメリカにきたばかりに、インターネットの設置の時、3MBで40$だと聞いてビックリしました。韓国はもう100MBを20$以下の料金で一般的に使っています。それで、フェースブックと似たようなCyworldだけではなく、いろんな活動がインターネットを通じて進まれています。私はブログに素敵な写真を見せたいのに、今はカメラもなし、撮る時間もないので少し悩みましたが、彼女のCyworldが思い出しまして、あそこから写真を持ってきました。

この人は私の友だちです。彼女は韓国の医者です。高校生の時代からもう10年間あまりに一緒に勉強したり、喧嘩をしたりしながら、本当に親しくなった私のベスト友だちです。私が留学する前には、彼女と私の最後になるかもしれない、二人だけの“北海道の旅行”を行って来ました。その時、洞爺湖の露天温泉にも行ってみましたが、あみーさんが行ったような素敵な所ではありませんでした。



韓国は友だちのためにお金を代わりに払ってくれる場合がどんどんあります。その北海道の旅行は本当に高かったので、 彼女は、留学の準備で貯金している私のために費用を全部肩代わりして、私の無料で旅行しました~^^* もう一度、彼女と旅行したいですね~~^^;;;

大鳥公園の写真です。昼よりは夜にもっときれいだったんです~~^^*

Wednesday, October 24, 2007

団長の登場

皆さん、今日は。久しぶりの話の続きです。一週間の休みがあった所為でサスペンスが高まったでしょうか。


立て

フリードマンが瞬間に泥の池から立った。地面はまだ随分濡れていたが、空は完璧に青くて、雲は影も形もなかった。

「雷雨はどうなった」とフリードマンが自分に囁いた。

「あいつらはもう封印したみたいだ、その紙。」

これは立てと言ったと同じ声の台詞だった。フリードマンはその時まで他の人がいるとまだ気がつかなかった。周りを見ると、そばに誰かが立ち止っていた。一秒後その人の外見が分かって、目が丸くなった。

「団長!」

泥の中にいたのに、分かった直後跪いて手も額も地面まで押した。「許してください、団長」フリードマンが惨めに嘆願した。「紙も失って、小僧も逃してしまった。その言霊使いの女が私を吃驚させた。今度は失敗したが、これからそういうこと絶対二度起こらない。」

「心配するな」と他の人が言った。その人の声はフリードマンのよりも深くて、晴れの日には気になるほど不自然だった。「実は失敗ではなかったから許してやる。勿論、失敗だったらもう首だが。」

とんでもない怖い話だったが、フリードマンは団長からそういう事を聞くのに慣れたから、戦慄など全然しなかった。「どうもありがとう、団長。」

「立てと言ったではない」とその団長が少しむしゃくしゃして言った。「泥に時間を無駄遣いのを止めろ。」

「はい。」フリードマンが早速立った。「団長、失敗じゃなかったとおっしゃったけど、それはどういう意味か。」

その団長は半分ぐらい何の答えもしなかったから、フリードマンはもう一度「団長」と言った。

以前よりもっとむしゃくしゃしていたように、「この晴れた天気は大嫌いだ」と言った。謎さんと同じように文字を泥になぞった。勢いで足元でなぞったが、靴に泥の跡形はなかった。実は、フリードマンがそういうことで団長が分かった。雲がなくてもその人の顔が分かりにくかったが、泥の池まで歩いたにもかかわらずスーツも黒い靴も全然濁っていなかったから、あ、団長に違いないと分かった。

雷雨」と団長が強力な声で言った。

間も無く雲が空に戻って、一分待たずにまた凄い雷雨の中にいた。「不気味でいい」と団長が満足げに言った。

フリードマンは大体団長の奇癖に慣れていたが晴れた天気を続かせていいのにと思った。「あの、団長、紙を失うのが失敗じゃないとおっしゃったが。」

「そうだ。最初からその紙は目的ではなかった。ただの気を散らさせる事だった。」

フリードマンはイライラした。「団長、それは私に前に教えて欲しい物だよ。」

「いや、お前はいい俳優ではないから、分かったら計画をうっかり漏らしてしまう可能性が高すぎる。」

「分かった」フリードマンがため息をつきながら言った。「じゃ、紙を奪う事はしないか。」

団長は「勿論その紙に力があるが、それは我々の目的ではない」と真面目な声で言った。団長はいつも真面目だったが、時々強調が必要だ。

「じゃ、その小僧も。」

「その小僧という呼び方を止めろ。同じ年齢ではないか。」

「はい。その学生も目的じゃないか。」

団長はちょうどいい不気味な雷を待って、「それは後で決める事だ。」



続きを楽しみにしてください。

Tuesday, October 23, 2007

日本の形

「日本の形」というのは、お笑いグループのRahmensたちが作った日本の伝統的な事を説明する短編映画のシリーズです。Rahmensはアメリカの有名な「マック対ピーシー」のアップルのCMと同じように日本でCMを作ったおかげで、日本で人気になったものです。皆さんは興味が会ったら、ここにクリックしたらRahmensのCMを見られます。(アメリカのCMを見た事なかったら、ここにクリックしたら見られます

初めて見たとき、思わずに笑うままで見たが、東京で友達と遊んでからまじめに日本人の本性を発表する事だと気付きました。

例えば、お寿司を食べに行く度、いつもお寿司屋さんに「大将、何かおすすめは?」と言って直接注文したりしました。お酒をさすときも「まぁ、まぁ、まぁ」と言ったりする事もありましたね。Rahmensたちが、そういう習慣などを全部纏めて、日本の風刺した「日本の形」を作ったものです。

鮨(寿司)




折り紙お盆休み夏休みおにぎりお茶謝罪、と手締めも込みです。面白いし本当に勉強になるので、時間があったら見てみてください。

Monday, October 22, 2007

温泉巡り・その弐

前回の温泉紹介の続きです...

③ 角館から北へ行って、日本一深い湖の田沢湖を通ったら、秋田県の有名な乳頭温泉と言う秘湯に着きます。

乳頭温泉は一つの温泉の名前ではなくて、その地域を点在する七つの温泉の呼び名です。挑発的な名前の由来は、遠くから見れば名前のままの形をする乳頭山だそうです。

秘湯の中で一番端子にある孫六温泉に行ってみました。車で入り口まで行けないほどの隠れている所です。駐車場に車をおいて、山道で5分ぐらい歩いたら、やっと入場できます。

川辺にある孫六温泉は明治時代からの湯治場です。混浴風呂も男女別に仕切られた、いくつかの湯小屋があります。シャワーや電気などないから静かで鄙びた雰囲気がします。

入湯した日に、雑誌の取材で乳頭温泉に訪問している方と出くわしまた。私は湯小屋を回って入る時に、一つの小屋を出た瞬間にカメラマンがすぐ写真を撮りに入りました。追いかけられている気がしました。 ()

④ 北海道の函館市から一時間北にある銀婚湯は今まで一番気に入った温泉です。

此処も面白い名前の由来があります。温泉が掘り当てられた日は大正天皇の銀婚式だったので、温泉建設した夫婦の銀婚式の祝いを重ね合わせて、銀婚湯と命名しました。

銀婚湯で日帰りの入浴はありますけど、一番綺麗なお風呂は宿泊客しか使えません。宿の後ろにある川の揺れる吊り橋を渡ったら、三つの貸し切り露天風呂に行けます。他の所と違って、湯小屋の間の距離は結構あります。一番遠いお風呂は橋から見れなくて、着くのに5分ぐらいかかりました。

宿泊料は旧館で、一泊二食で1万円ぐらいでした。銀婚湯の料理はあまりにも美味しくて、夕食だけで1万円の満足できました。地元の素材と新鮮な魚・野菜を使った創作料理でした。朝食にも気合を入れた盛りだくさんの食事を出してくれました:

綺麗で自然が感じられる温泉を探すなら、日本の秘湯を守る会はいい情報源です。会員の銀婚湯は代表的であれば、「日本の秘湯」のガイドブックに載っている温泉に全部行ってみたいな。

Saturday, October 13, 2007

プラムディヤ・アナンタ・トゥール (Pramoedya Ananta Toer)

 皆さん、こんにちは~ 皆、来週ぐらいに試験とプロゼットがあってすごく忙しいところでしょう?頑張りましょう!
 今度はインドネシアの現代文学を代表する小説家、プラムディヤ・アナンタ・トゥールを皆さんに紹介したいと思っています。(Pramoedya Ananta Toer, 192526 -2006430)彼は僕が個人的に一番好きな小説家です。我々の図書館にも彼の代表作はありますので暇な時間に読んでみてください。あみのっちさんも日本の書店で彼の本必ず探せると思います。彼の作品はインドネシア国外でもよく知られ、彼は以前にノーベル賞の有力の候補に何回選ばれました。彼は2000年福岡市の"福岡アジア文化賞”で大賞を受賞しました。下には僕が勧める本です。

   


  * 『人間大地 英訳="THIS EARTH OF MANKIND”』
  * 『すべての民族 英訳=“CHILD OF ALL NATIONS”
  * 『足跡 =FOOT STEPS 』
  * 『ガラス Rumah Kaca 』、英訳は、House Of Glass
  * 『日本軍てられた少女たち - インドネシア慰安婦
 この小説家が特に有名なのはスハルト独裁(SUHARTO REGIME)政権下、数十年間流刑した間にも創作意欲衰えず独裁政権に反対する作品を書いたのです。彼の傑作の一つ“人間の大地”はオランダがインドネシアを支配時代に生まれた主人公がどんどんインドネシア人としての正体を発見して行く話しです。この本を読んだらインドネシアの現代歴史についても分かるようになると思います。私はこの本を読んで私も主人公が旅行したところいつか行く計画を定めました。

Friday, October 12, 2007

NANA2





今日は友達と一緒に天婦羅とメキシコ料理を食べました。懐かしいなあ、美味しい料理。

また、先週の内容が続きましょう。

NANA 2 NANAの続篇です。ナナは彼氏に振られた奈奈を励ますために、スターの巧みと出会いはプレゼントとして奈奈にあげました。ある日、首になりがっかりする奈奈は偶然に巧みと会って、一緒に寝ちゃった。でま、親友としてナナとそういうことを言いませんでした。


ナナのバンドBlack Stone のノブも奈奈にとって恋心が芽生えました。ある日、ナナは偶然に奈奈が巧みと抱き合っているのを見て、心を傷つけました。また、ナナはノブの片思いに気がついて、奈奈とノブが付き合うために他の友達と協力しました。素直なノブの告白を受け入れ、奈奈とノブは恋人として付き合いました。でも、奈奈がその時妊娠していることが分かりました。誰の子供が分からないので、奈奈は迷いました。その時、巧みは「責任を引き受けたい」と言って、奈奈とナナは離れました。巧みと一緒に生活する奈奈は何時もナナのことを忘れなれない。。。。。。

続篇は以前よりあまりよくないと思いますが、奈奈役の宮崎あおいを変えるせいですかな?

Thursday, October 11, 2007

私はナンバー6番だったんです。

皆さん~こんにちは~^^*

今日は本当に天気がいい~ですね~ 

今日の授業、模擬面接の時、有留先生の自然な演技は皆さん~どうでしたか?私は面白くて面白くてず~っと笑っていました。先生は、本物の会社の部長より、ものすこく~自然に~部長の表情やお話の方もじっくり表したんですね。もう俳優みたい~。勿論、私が面接を受ける時は、そのためか、もっと緊張になりましたが。。。^^;;;

さって、先週からロンちゃんの悪い性格やひどい習慣について話をしましたんですね。特に私にはもっとそんな酷い行動をしていたんですが、勿論、そこには理由があります。





犬という動物は、もともと、序列に服従し、これに従って生活をするものです。それで、犬を一匹ではなく、多く飼うと、序列けんか、とか、戦いをして犬たちの中で順番が決まり、この順番によって食べる順序がまた決まります。でも、ロンちゃんは生まれた一ヶ月も経たないうちに、人間の世界に入って、そんな経験はありませんでした。。。
と思ったんですが、これは私の勘違いだんたんです。ロンちゃんは序列をはっきりと決めたんです。

ロンちゃんの考えは下のとおりです~~^^*

あ~ 私のグルプは6人なのか~~
そうしたら、私のナンバーは何番目なの~~  
        
ナンバー1:お父さん、何か一番怖くて、遊んでくれない、怖い!
ナンバー2:弟、 一番背が高くて時々遊んでくれても、訓練をさせるから怖い!
ナンバー3:お母さん、美味しいご飯んもくれて、可愛がってくれる大事な人!
ナンバー4:姉さん、いつも遊んでくれてるし、お菓子もくれるから必要!
ナンバー5:私(=ロンちゃん自分です~^^;;)
ナンバー6:チョんさん(ㅜ.ㅜ;;)、トイレ雑事とかしてて、いつも遊べるし、何か食べる時、私が横目でにらむと、食べ物を私に捧げる、いい子~! 戦うと、引き分けだけど、お母さんが私の方の肩を持つから、私の勝利~!

~~という様子になってしまったんです。大変です。。。その順番は大戦争をやり抜けないと、あまり変わらないようです。その論理からみると、私はロンちゃんにいたずらすると、ひどい目に遭うことは、当たり前ですねぇ。。。

Wednesday, October 10, 2007

謎さん

今日は、皆さん。今回はあまりアクションがないけど、我慢してください。それで、続けましょう。


「これはただの夢だ。これはただの夢だ。ベッドに戻せ!」

「そういう事じゃないよ。」

トレバーはもう一度謎の女の車にいた。その時は、フリードマン君を倒したからか、彼女の運転はそんなに危ないほど速くはなかった。または、理由と言えば、雷雨はますます酷くなりつつあった。道が見えなくなる可能性が高かった。交通事故で死にたくなかったトレバーは、車に入って直ぐ、ベッドに戻せなどを真言のように唱えていた。やはり成功しなかった。

「じゃ、俺は言霊使いじゃねえって事か」とトレバーが言った。謎の女の言葉の力を見たにもかかわらず、自分でベッドに戻せる事は全然信じなかった。その為に成功しなかったかもしれない。

「初めて試してみる時に簡単に使える力あるか」と恩着せがましい先生のように彼女が言った。「練習したら使えるようになるかもしれないが、ただ見た後で直ぐはい行くぞという感じで出来るわけはないよ。私が生まれたからただ倒れると言うだけで人を倒せたと思っているか。」

「こういう魔法はこの前見た事ねえからそんなもん分かるはずかい」と少し怒っていった。いつものようにその変な誰も説明してくれない世界は好きではなかった。

「魔法じゃないよ。科学だ。」

それが科学だったと信じられるかとトレバーは思った。「じゃ、科学だったら説明出来るはずだろう」と皮肉な声で言った。

トレバーの言う事を全然気にしていないように、以前と同じく相手を見ずに、「説明欲しかったら聞け」と言い返した。

生憎トレバーはそれに対してよく答えられなかった。授業にいつもこういう問題があった。もっと知りたかったがどんな角度から最初聞くのは決められないという問題だった。所詮あまり意味のない質問しか考え出せなかった。

どんな馬鹿な質問か、これと思いながら「書いた言葉と言った言葉と、どっちのほうが強い」と聞いた。

「それは一番知りたい事か」とニヤニヤ聞いた。「両方使わなければいけない事だ。まず、使いたい力を持っている言葉を書くのだ。しかし、そこに封印された力を解放する為、その言葉をはっきり言う事が必要だ。」

「だから俺の作文に何の力があるかまだ分からない」とトレバーが行き成り気がついて言った。

「へ~」と謎の女は一寸だけ吃驚して言った。「だんだん分かってくるじゃないか。」

「いや、まだほとんど分からないけど」とトレバーは言ったが、もう何回説明しても理解できない子供ではないという事は喜んで貰った。「でも、その紙に書いてある事はもう読めないと言っただろう。だから誰もその力を解放できないし、何の危ない事でもないちゃう。」

実は、トレバーが一年間京都で留学したから、時々ちゃうやほんまなど言ってしまう。関西弁の経験がない人はその不思議な言葉を、じゃないかと読んでください。

謎の女の笑いが消えた。「いや」と真面目な声で言った。「もう一度読めるようにする方法がある。」

その不気味なところで、会話が続けにくくなった。しかし、トレバーは言わなくてはならない事があった。「あの~、救ってくれてありがとう。」

彼女の顔が無表情になった。「なんでもないよ。単に任務だったから。お前は多分何の力持っていないが、もしフリードマンが何かが出来れば最悪な事になる可能性があったから、お前を救うしかなかった。」

「本当にそうかな」と好奇心が強い声で言い返した。「本当に他に理由がなかったか、えっと。。。謎の女」と恥ずかしくて言ってしまった。

謎の女の眉毛がほとんど髪の毛まで上がった。「そんな変な名前で私を呼んでいたか」と驚いて聞いた。

「まあ、名前教えてくれなかったから、しょうがないだろう。」そのところでトレバーは彼女が直ぐ名前を教えてくれると思ったが、一分ぐらい誰も話さずに経て、直説的に「お名前は」と聞いた。

車の中はまだ一分か二分ぐらい雨垂れの音意外に完全静かだった。やっと謎の女は「私達は親しくならないほうがいいよ」とそっと言った。それから少し激怒して、「これは何の事だと思っているか。運命の出会いとか。これは絶対ラブシーンにはならないよ。仕事だけだ」と叫んだ。

彼女からそんな感情的な八つ当たりは全然期待していなかった。「そんな事ないよ」とむっつり言った。「運命の出会いか。俺そんな馬鹿な事を言うと思うか。」

「今まで沢山馬鹿な事を言ったよ」と女はまだ少しだけ怒っていった。

「それもそうかもしれないけど」とトレバーが認めた。「単に名前を知りたかったんだ。」

「それはまだいいアイデアじゃないと思う」とその女が言ったが、顔に怒りの跡形もなかった。数秒無言で考えた。「まあ、せっかくだから、そしてお前の頭を無茶苦茶しない為に、私の事を謎さんと呼んでくれ。」

トレバーが少し笑った。「はい、分かりました、謎さん。」

数分後、何の目立つ事もない建物の前で車を止めた。「ここはどこ」とトレバーが聞いた。

「米国中西部中央言霊研究所だ。」

「そんなところ存在するか。」

「これがないとどうやって研究できるか。」

「いや、そうじゃなくて。」


続きを楽しみにしてください。


Tuesday, October 9, 2007

コランビアにて

先週の金曜日、ミズーリ州のコランビアに姉に会いに行って、一泊泊まりました。25歳の姉は、ミズーリ大学の医大に通ってて、最初試験が終わったばかりですから、おめでたい出会いでした。それ以外に、普通の出会いしかないと思いました。

しかし、コランビアに着いたら、「っえ?!」って信じられないほど私の不意をついたニュースも伝えられた。

姉が婚約しました!!!
\(^o^)/

婚約者は医学生同士のダン君です。素敵なユーモアの感覚を持った思いやりのある親切な人です。姉は長く付き合った事はないので、かなり驚きましたね。でも、すごく嬉しいです〜

姉(マギーといいます)とダンさんの写真を発表します!

もう一人の姉も兄も結婚してて、今や家族の中でシングルの人は私しかいません!まぁ、一番下の子供ですから、遅かれ早かれこのようになるはずでしたけどね。これから私に圧力をかけるでしょう...

Monday, October 8, 2007

温泉巡り・その壱

鹿児島から北海道までいい温泉を探しに行った私は温泉マニアックと呼んでもおかしくないです。今回、私の気に入った温泉をいくつかを紹介させていただきます。

① 鹿児島市からフェリーで錦江湾を渡ったら、桜島に着きます。「島」と呼ばれているけど、桜島にある活火山が1914年に噴火して、溶岩流で桜島の西側と大隅半島とが陸続きになりました。桜島の南側に露天風呂で有名の古里温泉があります。風呂にある2百有余年を超える巨木と丹塗りの鳥居はお寺の雰囲気を作ります。でも、一番綺麗な景色は風呂から見える海辺です:

古里温泉の龍神露天風呂は一応混浴風呂です。お客さんはホテルからもらった長くて白い浴衣を着て入ります。弟が日本に訪れた時、友達と人で古里温泉に泊まりに行きました。やっぱり、弟と一緒に風呂に入ると微妙に違和感を感じます。

② 千年の歴史を持っている草津温泉は江戸時代から日本の大人気の温泉街です。にぎやかな温泉街って本当に楽しい所ですね。(同様に、廃れた温泉街より寂しい所はないでしょう。)

群馬県にある草津温泉は「湯畑」で有名です。お湯は入浴できる温度まで自然に冷ますために湧く源泉から滝のように町の中心部を流していきます。夜になると湯畑をライトアップします:

旅館の窓から湯煙の中を歩いている浴衣姿の人々を見るだけでリラックスします。良い風呂に入って、美味しい夕食を食べた後の気分が100倍のくつろぎです。

草津温泉に行く機会があれば、「山幸」という旅館をお勧めします。料理が美味しくて湯畑の真正面にあるのに、宿泊料はあまり高くないです。湯畑が見える部屋を希望すると良いです。) 女将さんもとても親切な方でした。

Sunday, October 7, 2007

ところ変われば その2


「何でお前ひげ生やしてないの?日本人はみんなそうなの?」正面にいるものと思っていた対戦相手に、真後ろからパンチを繰り出されたような感じだった。しかも絶妙のタイミングで。なるほどそう来るかあ。私は笑いながら「どうしてか俺にも分からん。俺の会社の上司もお客さんも誰一人ひげなんか生やしてない。日本じゃたいていそうなんだ」と答えたが、彼は、どうも納得できない様子。そこで私が聞いた「じゃあ、どうしてコスタリカではみんなひげ生やしてんだよ?」今度は彼が笑い出す番だった。「わはははは。いい質問だ。そうだよなあ。俺にも分かんねーよ。」彼は自分の顔に蓄えた見事なひげと私のひげなしの顔を交互になでながら言った。「もう一軒行こう。いつも行くバーがあるんだ。会社の連中も集まってるはずだ。次は俺のおごりだから心配すんな!」

酒に弱い私は、その店で開けたサッポロ2本に他愛無く酔っていたのだが、彼に引っ張られ、彼ら行きつけのバーへと向かった。「ヒロを連れてきてやったぞ」と彼が入り口で呼ばわると、みんな一斉に振り向いて「おお、ヒロじゃねーか!」「ここには日本のビールはないが、コスタリカのはあるぞ」などとみんなで歓待してくれた。彼の言葉どおり、そこにはエンジニア達が勢ぞろいしていた。しかしよく飲むやつらだ。本当にうらやましいほどの飲みっぷりなのだ。みんな自慢のひげを濡らしながら次々にビールを注文している。私もつられてどんどん飲んだ。仕事の話は一切なし。みんなしょうもないことを話し散らしている感じだ。そのうちだれかが、ふと、「知ってるか?」と「ウルトラセブン」のテーマソングのメロディーを口ずさむや、大合唱になってしまった。(5年生のみんなはウルトラセブンと言われてもピンと来ないかもしれないが、ウルトラマンシリーズの第二作目の作品でシリーズ屈指の名作といわれている。)まあ、大合唱といっても、日本語の分からない彼らのこと「ほ~りはりはりほ~(は~るかな星が~)」とめちゃめちゃなのだが、メロディーだけはばっちり覚えてくれていて、歌いながら、口々に「ダン」「アンヌ」「キリヤマ」などと登場人物の名前をあげるのだった。地球の反対側の国に生まれ育った同世代のエンジニアたちも、私と同じように「セブン」を観て育ったのかと思うと、なんだか親近感といおうか、連帯感といおうか、そんなものを感じて胸が熱くなってきた。

私は元来お調子者である。その上、かなり酔ってもいた。彼らに「たのむ、日本語で歌ってくれ」と言われ「いや~、こちらへは出張で来ておりますし…」などと断わろうはずもない。私は「ヨッシャ~」と立ち上がり「セブーン、セブーン」と歌い始めた。と、どうだ。我々のグループの連中ばかりか、外の連中からもやんやの大喝采ではないか。大喝采と書いたが、これには偽りはない。口笛あり、うなり声あり、笑い声あり、拍手ありの文字通り、正真正銘の大喝采なのだ。それは、日本のカラオケバーで頂戴するようなお義理の手拍子などではない。ラテンの魂をもった熱き酔っ払いたちからの、本物のエールなのだ。私は、頭上から目には見えないスポットライトが一筋降りてきたのを感じた。

立ち上がって「セブンセブンセブン」とか歌っているひげのない東洋人と、めちゃくちゃな歌詞でそれに唱和するひげの男達。まさに薄暗い酒場が一体となったかに見えたそのときだった。ひげの男達の声が急にやんだのである。「倒せ銀河の果てまでも~(…あれ?変だぞ。誰もついてこないじゃないか)」私は薄目を開けてあたりを見渡した。すると…。

来週に続く

Saturday, October 6, 2007

Bahasa Indonesia

 皆さん、こんにちは~ もう10月になりました。最近は何か時間が早く経ちそうです。多分忙しくてそのように感じられるかもしれません。皆さんはどうですか? 先生、具合はどうですか?まだ病気ですか?心配になります。

 今日はインドネシア語について紹介します。インドネシア語は"BAHASA INDONESIA”といいます。BAHASA INDONESIAがインドネシアの公式の言語に採択されたのは1945年インドネシアが独立した時です。皆さんが知らなかったかもしれませんがインドネシアは1942-1945年間で日本に支配されました。その前は約300年間オランダの植民地でした。インドネシアは中国から欧州とアラブまで行く街角にいて昔から人の往来が多かったんです。やはりそんな理由でインドネシアは多様な文化、宗教と言語の文化の影響を受けました。

 現在のインドネシア語は多分1239年から1500まで存在したMAJAPAHIT EMPIREで使った言語と似ていると学者は言います。MAJAPAHITは東南アジアの歴史上一番大きかった海上の王国でした。面積は現在のマレーシア、スマトラ島、ボルネオ島とジャワ島を含みました。http://en.wikipedia.org/wiki/Majapahit

やはり海上の王国でしたのでいろんな国から商人が来ました。インドネシア語はあの時商人と原住民が対話するとき使ったのです。やはりインドネシア語は商人が作った言語だから学ぶのがやさしいし簡潔です。またこんなインドネシアの歴史のためインドネシア語には外来語が沢山あります。インドネシア語に影響した言語はジャワ語、マレー語、オランダ語、中国語、アラブ語です。例をいくつ挙げるとSekolah, Kantor , organasiはインドネシア語になったオランダ語です。日本語もすくし現在のインドネシア語に残っているそうです。僕が知っているのは“まさか"です。そして一番重要な点はALPHABETを使います。

インドネシアにも文字がないわけじゃないですが、例えばジャワ語があります。でもジャワ語はとても難しいので昔からただ宗教リーダばかり使っています。その反面インドネシア語はALPHABETを使って誰でもやさしく習えるしすごく簡単です。インドネシアなように多様な民族が住んでいる国に当たると思います。
インドネシア語は今も進化中の言語です。最近の若者は皆英語とインドネシア語をかってに混ぜて使います。これが若者に流行になって僕も時々言葉が覚えないと英語をインドネシア語化して使います。例えば berkonsentrasi, meneloponなどがあります。どう意味か皆さん分かりますか?

NANA






近頃はNANAと言う映画を見ました。これは同性の友情とか愛とか現代の青春ストーリーを生き生きに描き出した。「NANA」初めに少女漫画としてを連載していますが、やっと2005年に映画として公開された。漫画本のみならず主題歌や映画もアジアの中に大ブームになりました。
主要俳優は全員美形であり、女性のみならず男性からの人気も非常に高いです。ナナ役の中島美嘉と奈奈役の宮崎あおいが主演して、監督は大谷健太郎です。それでは、その粗筋を簡単に紹介しました。

主人公は同い年で同じ名前の女の子「ナナ」と「奈々」です。不幸な家庭に生まれて音楽のために生くナナと恋愛を大事で結婚にあこがれている奈奈は偶然に新幹線の中で出会いました。小松奈奈は彼氏と一緒にいたいがために東京へ行きました。大崎ナナは、歌で成功したい夢を抱えて上京しました。また、偶然、引越し先の部屋で鉢合わせし、一緒に暮らすことになりました。趣味も性格も正反対の2人の共同生活が始ました。その後、小松奈奈と恋人は第三者のせいで離れちゃった。また、ナナと元の彼氏は久しぶりに再会しました。それから、バンドと恋人との両立に悩むナナと失恋や失業という厳しい現実に直面する奈奈の二人の友情が知らず知らずに深くなりました。


そんなふたりの運命的な出会いと東京での同居生活を通して若い女性の生き方や心情を細かく描いています。
日本の若者の中で、この映画を見たことがない人が殆どいないです。
時間があれば、ぜひ見てください。

Thursday, October 4, 2007

一日ず~っと寝たいです~^^;;;


皆さん~ こんばんは。

本当に遅くなりましてすみません。実はブログに入って内容を書きようとしましたが、なんのせいか、投稿のボタンがありませんでした。何回も探しての出来なくて先生にメールを書くようする時、ちょっとまえに突然みえました。。。

たぶん私の問題だと思いますが、私はもともと機械に本当に弱いです。すみませんでした。




今日も、ロンちゃんの話をしようと思いましたが、私の体の具合があまりよくありませんので、ただ、ロンちゃんの幸せに寝る写真だけ見せます。本当にすみません。ロンちゃんの寝る姿の見ているとものすごく~! うらやましいです~。
私は今日は食べるうんが悪い日だと思います。朝ごはんはいつも食べられませんですが、昼ごはんもあまり食べる暇がない時が多いです。でも、今日はamyさんと昼ごはんで、りんご2つを食べた後に、韓国の友だちと夜ごはんは美味しいことを食べる約束をしていました。
その時、私は机の前に椅子に座ったまま、2時間を寝てしまいました。友達 はずっと待っていたようですが、電話も私がもらわなかったので、このまま行ってしまいました。どうしても、友達にこめんな気持ちです。私が寝ている時、友達はKAYAKコーヒーショップの前で30十分ぐらい待たせたのです。
大変でしょう。。。

今日は体も気持ちも疲れて、また悲しくて、ロンちゃんのように一日中ず~っと寝たい寝たいです。
ロンちゃんが1歳の時の写真です。こんなにかわいい顔をして寝ていますが、そのとき、触ったりして甘い熟睡をざましたら、ロンちゃんは噛みます。
特に、家族の中で私はそんな行動をしたら絶対駄目です~! 血が出るほど噛んでしまいます。。。怖いでしょう~~^^;;;
その理由は次に話します。皆さん~ すみませんでした。お休みなさい~!!!

Wednesday, October 3, 2007

悪の顔

今日は、皆さん。話の続きです。


「フリードマン君か。」

「オッス。」

二年生の時からの知り合いのフリードマン君だった。大きくて、眼鏡をかけて、いつも笑いかけていたフリードマン君。最初に目立つ特徴は髪の毛が完全に剃られていたが、凄いコントロール出来ない藪のような髭が生えていた。その顔を見て「どうした」と聞く人がいる時、いつも瞬かずに「重力だ」と答えた。間違いない。フリードマン君だった。

わけが分かんない事ばっかり起こってる、今日とトレバーが思った。「どうしてここに」と砕けたように聞いた。「授業がないか。」

「いや」とフリードマン君が答えた。声は限りのない洞窟ほど深かったが、以前と笑いかけ続けた。普通はトレバーはその顔が暢気さを表したと思ったが、その日には少しなんとなく不気味な感じがした。「それより重大な用事がある。」

多分この気持ち悪さは雷雨の所為だけだとトレバーが自信なく思った。「授業より重大な物。有留先生にそんなもん聞かれちゃ駄目だよ。」意外にフリードマン君は全然笑わなかった。だんだんびくびくしてきて、「重大な用事って何だ」と聞いた。

「新しい偉大な力の降臨を迎える。」

しまったとトレバーは思った。そんなのとは関係なければいいのに。「はいはい。手上げだ」と言った。「そのくだらない紙だろう。あの女が持っている。足が凄く速いけど車があるから捕まえられるはずだ。」

実は、謎の女の事は一寸気に入ったが、雷雨から逃げて直ぐうちに帰って寝てこの奇奇怪怪な夢を忘れて欲しかった。そして、単にフリードマン君だから大変な始末にならないだろうと思った。多分その時にトレバーはフリードマン君が数分だけ前に向こう見ずに銃を撃っていた事をもう忘れたが、その支離滅裂な世界に行ってしまって、誰が怠慢を責めるか。

「ふふふ」とフリードマン君が笑った。「それはもう分かったぞ。でも、もうその偉大な力を手に入れたから、女を追う必要がない。」

どういう意味とトレバーは思った。何を手に入れた。俺しか捕まえなかった。。。いや、そうじゃないだろう。「オイ、違うよ。俺は関係ねえ。まあ、その紙に書かれた言葉は俺が書いたけど、何を書いたか全然分かんない。俺は何の力もない。」

「問題ない。」車のドアを開けて、トレバーを中に投げ込んだ。「忘れたら、思い出させる。」

フリードマン君も車に入ってどこかへ運転し始めた。トレバーは本当に逃げたかったが、成功する方法を考え出さなかった。フリードマン君も危険な速度で運転していたから、車から飛び出すのはいいアイデアではなかった。同じ理由でフリードマン君を運転中に驚かして圧倒するのも多分交通事故の原因だけになる。その上、フリードマン君を圧倒する体力はなかったが、トレバーはその角度から問題を見たくなかった。ただ黙って座るしかなかった。

直ぐに車が止まった。今しかないとトレバーが思った。速くドアを開けて車から全速で逃げた。しかし、瞬間後にフリードマン君が待っていた所に戻った。

「ふふふ」とフリードマンが笑った。トレバーはその笑い方を嫌い始めた。「俺を手伝う選択をやっぱり選んだか」と自信強く言った。

「いや」とトレバーはぜいぜい答えた。「今日はもう十分走ったから、限界だ。」

「ふふふ。いずれ俺の派に入る価値分かってくる。」

トレバーは答えたかったが、突然所在が分かった。またワシントン大学の学園にいた。ヴィレジという学生寮の所だった。雷雨の所為で、いつも緑で綺麗な芝生は全て汚泥になってしまった。そこを渡ってフリードマン君がトレバーを引きずった。

それが分かってから、トレバーが「あの~、何の為に俺の手伝いが欲しいかまだ説明してないけど」と言った。支離滅裂な世界に説明したくない人が多いらしかった。

「当然だろう。世界の覇を唱えるため。」

いつも劇的な雰囲気を与えて下さる天気はその時に大きい稲妻を出した。しかし、トレバーにとってその劇的さは堪らなくなっていた。「地球を滅ぼすか。世界の覇を唱えるか。このB級映画の事もうヤメロ」と叫んだ。

「ふふふ。まだ言霊の力は信じていないか。示威する必要があるかな。」勿論、その時にも、フリードマン君は笑いかけていた。

「賛成だ」と意外な声が言った。トレバーが急に振り返った。謎の女が帰ってきた。

その女が泥に塗れた芝生にじっくり踏み込んだ。「でも、この子は何回説明しても理解できないみたいだね。」トレバーよりフリードマン君と自然に砕けた会話が出来た。彼女は少し変な行動をしていた、とトレバーが気がついた。止まらず、わけの分からないダンスのように芝生を歩き回していた。防衛に隙間がないようしてるかとトレバーは思った。その上、俺は子供じゃないぞ。

「理解させる方法があるだろう」とフリードマン君は言った。まだ笑いかけたにもかかわらず、相手の女をじっと見詰めて、彼女はどこに行っても目で追った。彼女とは「ふふふ」全然言わなかった。

謎の女が止まった。「そうだね。では、これはどうだろう。倒れる。

最後の言葉には特別な強調があって、自然界の限りを超えたように声が響いた。トレバーは体にも響いたと思ったが、実は地面も震っていた。フリードマン君の目が丸くなって、痛そうな顔をした。「ここで済んだと思っちゃ駄目だよ」と言って、切り出した木のように倒れた。

「勿論それはしない」とその女はそうっと言った。

トレバーは地面を見た。長い間見た。謎の女が「倒」という字を足元で泥になぞった。

「オイ」とその女が言った。「速く逃げよう。」

言葉に力があるかとトレバーは思った。馬鹿馬鹿しいけど、見ての通りその女がフリードマン君を一言だけで倒した。トレバーはまだほとんど何も分からなかったが、変な人にもう一度捕まえられて欲しくなかったから、その女と一緒に行くほうがいいと決めた。

「あの~」とトレバーは女の車に乗りながら言った。「説明は。」

「後で。」



続きを楽しみにしてください。

Tuesday, October 2, 2007

コメディの火曜日 (なんとか韻を踏んでるみたい)

皆さん今日は!

私の火、木は毎週授業ですごく忙しいので、火曜に家に帰ったらリラックスし、面白くて楽しい事しか考えたくないって感じですね。ですから、毎週の火曜日のエントリーは第一周の小島よしおさん(『でもそんなの関係ねぇ!』っていうやつ)のエントリーと同じように喜劇の話にしようと思ってます。まぁ、時々気に応じて他の話にする特例もあるはずですが、そのように進んで行きます。

さてさて、今日の話の頃なんですけど、昨日はAmyさんに日本の50年代の映画を教えてもらったので、現代の「茶の味」という映画について少し話したいと思ってます。皆さんは見た事ありますか?「狂った果実」に比べて全然違う物ですが、ちょっと紹介します。

「茶の味」(2004年)が監督の石井克人さん第4本映画です。石井さん(1966年生まれ)は1992年にCMを作り始めて、第1本の「鮫肌男と桃尻女」という映画は1999年に封切りしました。見た事ないですが、物凄く面白そうです。

「茶の味」は04年から05年まで、世界中に様々な映画祭で出ていて、いろんな賞(合計12)を給われました。

Amyさんと同じようにあらすじを書きたいのですが、長い話でとんでもない事も沢山ありますから書いても「っえ?」って感じになるはずです。しかし、出来るぐらいにまとめを少し説明しようっと、、


東京の周囲田舎に住んでる春野と呼んでる家族の話ですが、春野さん達の一緒の集まってる一つの話じゃないです。春野家族の皆を分けて、一人ずつに描くもんです。例えば、息子のハジメ君は、訳あって、以前から女子を恐れてます。でも同級の転入生に一目惚れしちゃって、彼女は碁サークルに参加すると聞くと、ハジメ君もさっと入りました。それから、娘のサチコちゃんは、どこへ行っても二重身も付いて行きますけれども、その二重身が見れる者はサッちゃんしかいないです。いつも:って感じ。そのように、通常の家族に見えるけど、外面の下にすごく面白い事になってます。

それに春野さん達は皆の別の話にあっちこっち、織物のように入れ違っていくので、ただの軽演劇深い情緒を表現します。

それで、YouTubeに見つけた「茶の味」のクリップを発表します。


「山よ」って曲

最後の頃に、皆さんは「Babel」という映画を見た事なくても、ご存知でしょ。「Babel」に出ていた菊池凛子(きくちりんこ)さんが「茶の味」にも出た。「Babel」で聾唖者の女子を演じた役で、アカデミー賞のノミネーションをもらったもんですよね!

Monday, October 1, 2007

狂った果実

黒澤監督、小津監督、溝口監督は日本映画の三大巨匠と呼ばれています「七人の侍」と「東京物語」と「雨月物語」のような名作のおかげで、50年代に日本映画が始めて世界舞台で認められるようになりました。映画の古典ですから、見たことないなら、是非見てください。

今回、上記の一流映画ほど知られていない同時代の日本製の映画を紹介したいと思います。1956年に公開された「狂った果実」と言う映画です。

50年代に少年非行は世界中の映画の主なテーマとなりました。アメリカでは「理由なき反抗」などの影響で、大人の世界に対する不信感を表示している若者向きの映画が多くなってきました。

「狂った果実」は同じように、戦後の日本の世代の断絶を表します。以前の日本の主人公は反社会的な行動をしなかったそうですけど、この映画の若い登場人物は親の教訓を馬鹿にして、社会のルールを破ります。昔の映画になかった高揚した性的関心や暴力も「太陽族」というジェンルの特徴でした。

あらすじ:

原作は現代東京都知事石原新太郎の同名の小説でした。夏久(石原裕次郎、作者の弟)と春次(津川雅彦)がお金持ちの若い兄弟。切符を買わないで電車の改札口を飛んで鎌倉駅に入るのが二人の初登場です。行き先は浜辺にある夏久の大学友人の別荘です。電車の中の会話で、女をよくナンパする夏久と純粋な春次の違う性格が分かってきます。到着駅で春次が恵梨(北原三枝)とぶつかって一目惚れします。でも、不透明な恵梨はどんな秘密を持っているのか?夏久の競争心は弟の初恋を奪うほど強いですか?



感想:

*中平康監督の面白いイメージや編集と俳優のカリスマでB級の内容を超えます。ただの社会問題の映画よりも、当時のムードや青春の切望を面白く描写します。ジャズ音楽のサウンドトラックもいい雰囲気を醸し出して、登場人物の激しい気持ちを表します。

*性的関心が高まっていると言ったけど、現代の映画のようになんでも露骨に見せちゃうというわけではない。監督が工夫を入れて間接的にぞくぞくした空気を作ります。

*津川雅彦の中年時代以降の映画しか見たことのない私は若い時の格好良さにちょっとびっくりしました。非常にハンサムだった!

機会があれば「狂った果実」を見てください。(セントルイス郡の図書館にあるよ!)