Sunday, October 7, 2007

ところ変われば その2


「何でお前ひげ生やしてないの?日本人はみんなそうなの?」正面にいるものと思っていた対戦相手に、真後ろからパンチを繰り出されたような感じだった。しかも絶妙のタイミングで。なるほどそう来るかあ。私は笑いながら「どうしてか俺にも分からん。俺の会社の上司もお客さんも誰一人ひげなんか生やしてない。日本じゃたいていそうなんだ」と答えたが、彼は、どうも納得できない様子。そこで私が聞いた「じゃあ、どうしてコスタリカではみんなひげ生やしてんだよ?」今度は彼が笑い出す番だった。「わはははは。いい質問だ。そうだよなあ。俺にも分かんねーよ。」彼は自分の顔に蓄えた見事なひげと私のひげなしの顔を交互になでながら言った。「もう一軒行こう。いつも行くバーがあるんだ。会社の連中も集まってるはずだ。次は俺のおごりだから心配すんな!」

酒に弱い私は、その店で開けたサッポロ2本に他愛無く酔っていたのだが、彼に引っ張られ、彼ら行きつけのバーへと向かった。「ヒロを連れてきてやったぞ」と彼が入り口で呼ばわると、みんな一斉に振り向いて「おお、ヒロじゃねーか!」「ここには日本のビールはないが、コスタリカのはあるぞ」などとみんなで歓待してくれた。彼の言葉どおり、そこにはエンジニア達が勢ぞろいしていた。しかしよく飲むやつらだ。本当にうらやましいほどの飲みっぷりなのだ。みんな自慢のひげを濡らしながら次々にビールを注文している。私もつられてどんどん飲んだ。仕事の話は一切なし。みんなしょうもないことを話し散らしている感じだ。そのうちだれかが、ふと、「知ってるか?」と「ウルトラセブン」のテーマソングのメロディーを口ずさむや、大合唱になってしまった。(5年生のみんなはウルトラセブンと言われてもピンと来ないかもしれないが、ウルトラマンシリーズの第二作目の作品でシリーズ屈指の名作といわれている。)まあ、大合唱といっても、日本語の分からない彼らのこと「ほ~りはりはりほ~(は~るかな星が~)」とめちゃめちゃなのだが、メロディーだけはばっちり覚えてくれていて、歌いながら、口々に「ダン」「アンヌ」「キリヤマ」などと登場人物の名前をあげるのだった。地球の反対側の国に生まれ育った同世代のエンジニアたちも、私と同じように「セブン」を観て育ったのかと思うと、なんだか親近感といおうか、連帯感といおうか、そんなものを感じて胸が熱くなってきた。

私は元来お調子者である。その上、かなり酔ってもいた。彼らに「たのむ、日本語で歌ってくれ」と言われ「いや~、こちらへは出張で来ておりますし…」などと断わろうはずもない。私は「ヨッシャ~」と立ち上がり「セブーン、セブーン」と歌い始めた。と、どうだ。我々のグループの連中ばかりか、外の連中からもやんやの大喝采ではないか。大喝采と書いたが、これには偽りはない。口笛あり、うなり声あり、笑い声あり、拍手ありの文字通り、正真正銘の大喝采なのだ。それは、日本のカラオケバーで頂戴するようなお義理の手拍子などではない。ラテンの魂をもった熱き酔っ払いたちからの、本物のエールなのだ。私は、頭上から目には見えないスポットライトが一筋降りてきたのを感じた。

立ち上がって「セブンセブンセブン」とか歌っているひげのない東洋人と、めちゃくちゃな歌詞でそれに唱和するひげの男達。まさに薄暗い酒場が一体となったかに見えたそのときだった。ひげの男達の声が急にやんだのである。「倒せ銀河の果てまでも~(…あれ?変だぞ。誰もついてこないじゃないか)」私は薄目を開けてあたりを見渡した。すると…。

来週に続く