Sunday, November 4, 2007

兵十郎(へいじゅうろう)

先週の木曜日の授業ではカタカナの話で盛り上がったね。日本語学習者にとってカタカナがいかに難しいかみんないろいろ話してくれたので、ちょっと脱線して日本語学習者に起こりがちな間違いについていろいろ話した。でも、日本語が母国語の私が、日本語学習者のことをあれこれ言うだけでは、ちょっとフェアではないので、今日はその逆、つまり、日本人(私の場合)にとっての英語の話を。

知っての通り、日本語と英語は何から何まで全く違う言語なのだけど、私にとって一番難しいのは発音かもしれない。前にも話したけように、私は日本語の講師になる前は日本の企業でサラリーマンをしていて、最後の2年はコネチカットの代理店を基点にして過ごした。ものすごく出張の多い仕事で、本当に年がら年中飛行機に乗っていた。時々、隣に乗り合わせた人に話しかけられて、話をするのだが、はじめのうちはこれが結構大変だった。「どちらから?」などと聞かれ、「日本人なのですが、今、コネチカットに住んでいるんです」と答える。でも、これがこのままきちんと伝わるようになるまでには、ずいぶん時間がかかった。「日本人なのです」の部分は、まあ分かってもらえるのだが、たいてい「ああ、カナダですか。いいですねぇ。」ということになる。「いいえ、カナダではなく、コネチカットなんです」と頑張って説明するのだが、全然分かってもらえず、あるときなどは、「ああ、ペンシルヴァニアですかあ」と言われてしまったことがあった。コネチカットのつもりがペンシルヴァニア…。このときは、もうそれ以上は頑張るのをやめてしまった。ものすごく親切な紳士で、「実は私の家内の実家がフィラデルフィアでしてねぇ」と話し続けてくれるのに、「なるほど」、「へえ、そうですか」などと愛想のいい返事をしつつ、なんだか情けない気持ちになったのを覚えている。

ビジネスなのだから、数字はとても大切なのだが、これにも時々困ることがあった。15と50。15%のサービスと言ったつもりが、お客が50%だと思い、「御社は素晴らしい!」などと言われ訂正するのに一苦労したことがある。単語の終わりの/n/とか/d/とか/t/は私には結構難しいのだ。強く発音し過ぎると変な感じになってしまうのだが、そうだからと言って発音しないわけでもない。また、発音しにくいだけでなく、聞き取れないということもあるのだ。

中学校のころ、「兵十郎(へいじゅうろう)」とというあだなの女の子がいた。(みんなと読んだ『百物語』に出てきそうな、ちょっとクラッシックな名前である。しかも男の名だ。)兵十郎はある日、友だちと家で音楽を聴いていた。ビートルズだが、ポールがイントロなしで歌い始めるあのオリジナルではなく、ポール・モーリアか誰かがアレンジしたものだったらしい。うっとりとなった友だちが「これいいよねぇ。これ大好き」と言ったそうだ。彼女も「『ヘイ・ジュード』でしょう。私も好き」と答えた。すると、友だちが「あんた、ばっかじゃない?何よ、ジュードって?ドなんてないわよ!この歌は『ヘイ・ジュー』よ!恥ずかしいわね!」「え?でも、これ『ヘイ・ジュード』だよ!ほら、ここに書いてあるじゃん!」と説明を試みるも、「違う違う!それ絶対間違いだよ!私、本物の歌聴いたことあるけど、ちゃんと、「ヘイ・ジュ~」って歌ってたもん。あんた本当の聴いたことあんの?ほら、ないでしょう?恥ずかしい!この兵十郎!」ビートルズに狂っていた私は、もちろん、その曲の名前が『ヘイ・ジュード』であるのを知っていた。でも、それは私がポールの/d/の音をきちんと聞けていたからではなかった気がする。ただ、レコードの解説書を何度も何度も熟読していたおかげで、曲名のつづりを知っていたからだろう。

つい先だっても、家内と話しをしていて、「カード(card)を持ってきて」と頼んだところ、彼女が部屋を出て行こうとするので、どうしたのかと聞いてみると、「車(car)いるんでしょう?」と言うのだ。「ごめんごめん、カードだよ!」といい、二人で大笑いしたのだった。「やれやれ、俺もまだまだ『兵十郎』だなあ」などと思った。