Saturday, February 2, 2008
雪だるま
Friday, February 1, 2008
年金制度

中国は今、「一人っ子政策」を遂行していますが、またいくつかの都市には同様に高齢化現象も見られます。これから、年をとる人をどういうふうに扶養しますか、やっぱり難題だと思います。
Thursday, January 31, 2008
探検
「ここで右へ曲がってね。」
「オイ。この馬鹿なプロジェクトのために俺が折角の土曜日の半分ぐらいを犠牲にしているぞ。もっと尊敬しろ。」
「あ、はい、はい。右へお曲がりになりくださいませんか、偉大なるシェーファー様。」
「よ~し。何軒に行かなくちゃいけないか、この。。。えっと、何のプロジェクトだったっけ。。。」
「アンケート調査。」
この探検の本当の理由はトレバーはシェーファー君に言いたくなかった。その月曜日の事だけでシェーファー君は多分もうトレバーが狂っていると思ったから、不思議な女を追っていると言ってしまったら方向を変えて直接病院に連れて行く可能性があった。実は、シェーファーさん抜きでアレックサンドラ・メンデルを探したかったが、トレバーは車を持っていなかったからしょうがないと思って嘘をつけてシェーファー君に頼んだ。シェーファー君は最初躊躇ったが、後で飲み物を買ってあげるという約束貰ったら直ぐ鍵を取りに行った。
「どの授業か、このアンケート」とシェーファー君が聞いた。少しトレバーのプロジェクト、と言うよりトレバーの行動全てを疑っていたが、実はその昼をテレビゲームで無駄にするつもりだったし、無料で運転していなかったからそんなに構わなかった。
「あ、人類学だ。進化に対する意見を聞くとか。」
シェーファー君はトレバーが人類学の授業とっているかどうか分からなかったが、圧迫する気はなかった。「あのな、アンケートは学校の食堂でするほうが一番簡単だよ。遠く行く必要もなくて、大体二十分で済むけどな。」
「いや、先生によると本当に無作為な調査しないとだめだ」とトレバーが説明した。「ただ学校ですればそれが出来ないからね。」信用できる言い訳は直ぐ尽きるはずだとトレバーは分かった。だから一人でしたかったとイライラして思った。どうしてそのケチな両親は車買ってくれなかったか。「あ、ここで止めろ。。。止めて頂けませんか。」
二番目のジョン・メンデルの住所に着いていた。もうジョージ・メンデルの家に尋ねに行ったが、留守だった。トレバーが「アレックサンドラ・メンデルという方ご存知ですか」と自分の住所と電話番号と書いてあるメモを置いて次の住所へ進んだ。その時と同じように家のフロントドアに近づくと気が張ってきていた。何してる、僕と思った。知らない人にこの変な質問を聞く何って。やっぱり狂っているだろう。
呼び鈴のボタンを押して、数秒待って、ドアが開いた。親切そうな中年男が戸口で立っていた。「はい」と元気な声で言った。
ここまで来たからするしかないと思って、トレバーは「今日は」と言った。「失礼いたしますが、アレックサンドラ・メンデルという方、ご存知でしょうか。」
その男が上へ向いて考えた。「いや、知りませんね。どうしてでしょうか。」
トレバーがパニックになった。その最初の質問の後のことは何の計画も立てていなかった。考えてみると、その名前知らなくても回答者はその質問の理由を知りたいことは当然だということに気がついた。アンケート調査と言えば信じるわけない。警察官には全然見えなかったから行方不明者の捜索のふりをする事も危なかった。
必死に何かを考え出そうとしているうちに、誰かがトレバーの舌と唇と顎を勝手に使っているように「会いたい」と返事した。
トレバーが恥ずかしくて目が皿になったが、その男は笑った。「青春、青春」と大きい笑顔で言った。「その単純な気持ち、羨ましいよ。頑張ってね。」
トレバーが車に戻ったとき「どうだった」とシェーファー君が聞いた。「アンケート書き入れたか。」
まだ随分恥ずかしくて、顔が真っ赤だった。「次はこっちへ」と小さい声でシェーファー君を導いた。シェーファー君は何も言わなかった。トレバーが可哀想と思うからではなく、ただその顔が可笑しくてしょうがないからだった。
二十五分後、他の道を通っていた。「えっと、ここで本当にいいのか」とシェーファー君が疑惑で聞いた。「住宅がないけど。」
トレバーは窓の外を見た。シェーファー君はこの住所を無作為に決めていたと思っていた。。。いや、もうそうとは思っていなかっただろうけど、トレバーは頭の中に焼き付けたメンデル達の住所を探していた。しかし、シェーファー君の言ったとおりその辺では誰かが住んでいるはずはなかった。ただ事務所用ビルだった。頭にあるアイザック・メンデルの住所はあったが、長くて変な名前が付けられた歯科医院のようなビルだった。
「いえ、間違っているだろう」と言って、最後のポール・メンデルの住所に移った。
ポール・メンデルは、ジョージとジョンと同じようにちゃんと郊外の一般的な家に住んでいた。前の時より凄くドキドキしていて呼び鈴のボタンを押した。これが最後だ、とトレバーは思った。ここじゃないと。
機嫌が悪いお爺さんがドアを開けた。「なんじゃ」と腹が立っているように聞いた。
頑張れ、頑張れ、頑張れと思いながら、トレバーは「失礼いたしますが、アレックサンドラ・メンデルという方ご存知でしょうか」と聞いた。ポール・メンデルの疑いを買わないため、車に乗っている間言い訳を考え出した。「実は、はっきり言えないんですけど、籤引の大賞に関係がございますので。」
その爺さんの顔が輝き出した。「いる、いる」と速く連発した。「待て待て」と言って、家の中に早速消えた。トレバーの興奮が非常に高まった。ついに見つけたかと思った。
わくわくしている爺さんが直ぐ娘のような人を連れて直ぐ戻った。「はい、はい、はい、こいつこいつ」と息を切らした言った。「アレックサンドラじゃ。」
トレバーは何となく落ち込んだ。長い間探していた人を見つけると、もう期待する事がないということだったか。いや、そうではない。どうして知ったか分からなかったが、「アレックサンドラ・メンデルじゃない」と空虚な声で言った。
「何言ってる」とその爺さんが聞いた。「アレックサンドラ、自己紹介」と命令した。
「はじめまして」とその娘のような人が親切に言った。「アレックサンドラ・メンデルと申します。よろしくお願いします。」
「いや」とトレバーは霧中に迷っているように言った。「アレックサンドラ・メンデルは金髪だ。」勿論、アレックサンドラ・メンデルに一度も会っていなかったと分かったが、そういうことはその時にははっきり分かった。
グルグル回っている頭を支配しようとしていて、車に戻った。「あら!」とその爺さんは叫んだ。「金髪に染めると言ったんちゃう。またいいのを逃したなぁ。ここまでひょっこり転がり込んだのに。」
「悪かった!」とその娘のような人が返事として叫んだ。「これは私の馬鹿なアイデアではなかったから私を責めるな。」シェーファー君がトレバーの落ち込んでいる顔を見て、何の冗談もしなかった。「これからどうする」と聞いた。
「その三番目の所に戻る」とまだ少し迷っているように答えた。
「またこっちへ」と信じられない声でシェーファーが返事した。「何もないって言ったんじゃない。」
「きっとそういうと思った」と決心したトレバーが言った。「だから一人で行く。」真面目な顔をして車から出た。
シェーファーが窓から頭を突き出した。都市の方向に向いていたトレバーに向いて、「オイ」と叫んだ。「歩けると思ってるか。車で三十分かかったのに。アホ!」でも、シェーファー君はその爺さんと娘のような人ほど大きい声出せなかったから、トレバーは多分この台詞聞こえなかった。
続きを楽しみにしてくださいTuesday, January 29, 2008
『ねごこちのよい布団の中で。。。』
本当にトレバーさんの天気予報が当てるんですね~~急に寒くなってどうしようか、心配です。今日のような日は、早く家に戻って、暖かい布団の中で寝たいです~^^*
Monday, January 28, 2008
スウェーデンでクリスマス
11月末から12月23日ぐらいまでユールボードという特別なクリスマス時期のスモーガスボードは提供されています。折角ですから、Enskede Värdshusにユールボードを食べに行ってみました。
食べる順番が決めてあります。冷たい魚系(ニシン、サーモン、鰻)→ 他の冷たい料理(ローストビーフ、パテ、サラダ)→ メインの温かい料理(ハム、ミートボール、グラタン)→ デザート
冷たい料理と温かい料理を同じ皿に盛りません。食べ物を残すのは非礼ですから、おなかが破裂しそうまでに無理に食べました。
クリスマス時期になると、コークを飲んでいるスウェーデン人の割合が急に減ります。なぜかというと、下の飲み物のせいです:
これはユールムストです。日本語に訳すとクリスマス・サイダーと呼びます。味はね...炭酸プルーンジュースのようです。ドクターペッパーが口に合う人は好きかもしれません。
最後にルッセカッターを紹介します。このパンはスウェーデンで愛されている聖ルシアに名付けられました。サフランが入っているので、黄色です。
Sunday, January 27, 2008
もう一度
まあ、そんなわけで、結構忙しい土日だったんだけど、ジムにだけはきちんと行った。ジム通いを始めたのは一昨年前からだ。アメリカに渡ってきて以来、ズボンのサイズがコンスタントにアップしてきて、これはいい加減まずいのではないかと思い始めたのだ。毎朝体重を量ったり、どれだけ体型が変わってきたかを知るために月に一度写真を撮ったりして、楽しみながらこつこつやっていた。その甲斐あってか、去年の春休みごろには、体重は、アメリカに渡ってきた96年の夏と同じレベルまでになっていた。久しぶりにオフィスを訪ねてくれた卒業生に「先生痩せましたねぇ」と言われ、「やればできるんだなあ」と嬉しくなり、ますますジム通いに精が出た。ちょうどそのときだった。思わぬ病気(命にかかわるものではなかったけどね)をして手術をしなければならなくなったのだ。これにはまいった。せっかくここまで来たのに…。どうすることもできない。しばらくは休まざるを得なかった。筋肉は使わなければどんどん元に戻ってしまうし、身体を動かさなくても腹は減るので食べなければならない。「今までの苦労が水の泡じゃんか。何とか、一日も早くジムに行って身体を動かしたい」と焦る気持ちがあった。でも、始めのうちこそ、早くジムに復帰したいとうずうずしていたのだが、だんだんそんな気持ちも薄れていき、医者にもう大丈夫だよと言われたころには、それまでの熱が冷めてしまっているのに気づいた。「オーケー、じゃ、ジムに行ってみるか」とは思うのだが、ちょうどそのころは夏の授業の最中で仕事も忙しく、ついつい、「明日から頑張ろう」となり、それが「来週から!」になり、「来月から!」になりして、ついに2007年も終わってしまった。体重計に乗ることもなくなり、腹回りには落としたはずのものがしっかりと戻ってきているのを感じるようになった。トホホ…。
一度休んでしまうとだめなんだなあとつくづく思った。なんだか、自分の弱さを改めて思い知らされた気がして情けなかった。医者にもう大丈夫だと言われたら履こうと思って買っておいた新品のシューズを見るにつけ「ああ、俺はこのままデブ街道を歩いていくのか」と思ったりした。だが、どうしたものか先週ふと、「もう一度始めればいいだけじゃんか」と至極当たり前のことに気がついたのだ。それほど情けないと思う必要もないじゃんかと。自分自身の健康のためにやっていることなのだ。誰かに説明をしなければいけないこともない。ちょっと休んだけど、また頑張りますでいいだろう。と言うわけで、先週からまたジム通いを始めた。体重も毎日量っている。徐々にペースもつかめてきた感じだ。まあ、1週間では効果は見えないが、気分はいい。頑張れそうな気がしてきた。みんな、俺はやるぜ。なんちゃって。
忘年会の結婚式

